第47話 アフターストーリー

東京の冬。雪がふらふらと舞い降り、道路に並ぶテールランプを背景に赤く映ってから、道を薄く覆う。点灯が賑やかな都会。人の幸せと悲しみから生まれる雑音で生き栄える町で、死んだ眼をしたサラリーマン達が家へと帰る。横道の居酒屋で酔っ払いがはしゃいでる。その中から、一人の女性が出てきた。やがて、大通りに立っているヴィトンに入り、店員に軽い挨拶をしてから、洋服をいくつか手に取った。ついでにバッグも持ち、そのまま店を出た。爽やかなジャズが流れる店を通り過ぎ、車が停まってない所を探し、手を上げる。タクシーが一台気付き、車線を横切って来た。クラクションが文句を伝え、運転手が頭を下げるのが見えた。

女性が乗り込み、ドアが閉まった。

「銀座まで」

運転手は行く途中何も言わなかった。あんまり喋らないというより、ただ運転に集中しているだけだった。

揺れる車になだめられて、タイヤが子守歌を口ずさむ。それでも寝る事は出来ない。どうしてもその時を思い出してしまう。東が心強く隣にいる、トンネルの中。

銀座まで着き、適当な所で運転手は停める。由美は何も言わずに出ていき、立ち去ろうとしていた。

「はっ、ちょっと待ってください。払ってもらわないと困るんですけど」

由美は驚いた顔をして振り向いた。

「はい?」

「いや、だから、会計がまだですよ」

「...じゃあ、タダで」

「だめですよ」

「...」

茫然として、口があいたまま立ちどまってしまった。長年抵抗にも合わず、みんなが言いなりになっている人にとっては、少し刺激が強すぎた。何も感じず、永遠に気の抜けたパワーハイからの久しい解放。気になるヴィトンの新しいバッグがなかったら、とっくに死んでる。そんな心の持ち主の風景が、一機に色芽生えた。

「あの、六本木までお願いできますか?」

こんどはきちんと払った。

来る日も来る日も、由美はそのタクシーに乗った。こんな近くで見つけた美しいものを手放したくなく、それで自分を満たしていく。がたいがよく、眼が優しい。これでは思い出も捨てる事が出来るだろうか。

「いやあ、いつもありがとうございます。俺なんかにいつも構ってもらえて。俺なんかど田舎から来ましたから、東京とか来たら人生変わると思って。まあ、実際変わりましたけどねえ」

この自分を知らないほど無知な人を由美は重宝した。しかし、会っていく内に、遠ざけたほうがいいと考えてきた。せっかく平等に接触出来る相手が、自分と、無理やり押し込まれた記憶を繋げてしまったらもう終わりだ。だがやっぱり捨てる事が出来ない!

父が透き通った指を指す。

「由美。こんどは君が執着する番だ」

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