第45話 東から西へ
東はざわめき声に目を覚ました。十人ほどの団体が早歩きで通り過ぎる。ドアをゆっくりと開け、なるべく音を立てずに車を降りた。まずい。どう考えてもこんなど田舎にいる奴らは俺達を探している。由美がいない事に気付き、心拍数がいっきに上がった東はあたりを見渡した。
「そうか、家の中か」
忍び足で玄関に向かう途中は、音をたてない事に夢中で、もう一つの団体が近づいている事に気付かなかった。砂利が踏まれる音が届いた頃にはもう遅かった。ふと振り向いたら数十人と目が合う。東の方が先に動いた。古びたドアを開けずに突進で突き破り、全速力で廊下を走る。由美を探している暇なんてない。一階の限界まで辿り着き、開いたままの地下への階段が見えた。すぐに直観した。階段を踏む事無く、一気に飛び降りた東は、空中で、拾っておいた小石を一斉に投げた。先頭の追っ手が滑り、止まり切れなかった後方が次から次へと落ちてくる。
「東!」
由美が慌てて合図を送る。痛みを露わにしながらも、東は走ってきた。必死で逃げ道を探そうとしたが、窓も無く、天井の点灯がピカピカ放つ光しかなかった。追っ手達もまた動き始めた。よろよろの体と折れた骨にも構わず、心に秘められた熱心が操縦席に座っていた。先に通り過ぎていた団体も加わり、階段に転がる仲間を交わしながら下って来る。いや、仲間でもないのかもしれない。
「由美。そこに入れ」
東は目を合わせないで狭い通路を指さした。転がってあった鉄パイプを手に取り、由美の後をゆっくりと歩く。東の肩は通路の幅よりも広く、その体をよじ登ってもいかないと、由美へとたどり着けないようにしていた。
どうしてこんな事をするのだろう...
東は心の奥でなんとなく解っていた。こいつらは何故か由美を自分の物にすることに執着していた。それとも解放されたいのだろうか?目の前にいる奴らにとって、自分はただの障害物でしかない。由美を渡せば多分助かる。なのにできない。膝が震えて、吐き気がするほど怖い。どうにか愛であって欲しい!それともあれだろうか。銃を撃ち放ってたヤクザに飛び掛かった高田達と一緒なのかもしれない。ああ、めまいがする。
あ、それとも。嫌、考えたくもない。
俺も由美を自分の物にしたかっただけなのだろうか?
そうであって欲しくない。自分はこいつらと違うとずっと思ってきた。それともこいつらもそうなのかな。同じ?狂った執着心に囚われたくなくて、自分は周りの恋バカとは違うと信じながら俺を襲っているのか?そうか。そうだよな。全く同じだ。ただ、由美に見惚れていない事を証明しに集まって来たんだな。
歯を食いしばって鉄パイプを上にあげる。知りもしねえ奴の頭がアルミ缶みたいに潰れ、後ろに倒れる。ここじゃ避ける事も出来ない。何度も何度も同じ動きを繰り返す。頭上で多数の足音が地響きをたて、ほこりを東の肩に降らせる。やっぱり数の暴力には敵うわけがない。金属バットが弱い光の中、黒い威圧を放った。終わっちゃった。
「好きだよ」
早口で言う。自分の存在価値を生み出すための最後の足掻き。そうする必要も無いのに...やってしまった。
由美は無口のまま、見送る事しか出来なかった。
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