第43話 崩壊

銃声によって深い眠りから目を覚ました信者は森と共に動きを再開した。東は由美を掴んで離れていく。柳は飯田の銃を狙って走っている。寺田は恐る恐る腕を上げる。春奈は耳を塞いでうつぶせになり、春木はバカみたいに口を開けて茫然としている。

俺はエフケイを出した。

そういえば...

後ろからいきなり誰かがタックルで腕を掴む。健二か。見ないと思ったら後ろでひっそりと控えていたのか。だけどお前じゃあ俺に叶うわけないだろ!

左足に勢いをつけて背中の方まで大きく振った。同時に右足で跳び、今度は健二の腕を強く握って離さない。宙で回転しながら俺は空を、健二は俺の背中を向く姿勢で再び地面に戻った。肘を喰い込ませてあばらを折る。三回続けて固い肘を凶器にし、健二の意識が痛みだけによって灯されるようにした。念には念を。二度と俺を見下したりはしない。

柳が飯田の二発入っている銃を掴み上げた。そうか、やっぱりこいつはアマじゃないな。

背はあまり曲げずに、しゃがみながら回転して俺の方に銃口を向ける。眼には撃つ決意。殺す意思。どれも俺にとってはいらないものだ。

腹に一発。右腕に一発。左肩に一発。どれも多量の血肉をもぎ取っていく。轟く銃声はみんなあの夜みたいに鋭い牙で空気を切り裂く。

「—うっ、ぶふっ、くっ、ッソー...」

あえて頭は撃たなかった。誰も自分の最後は見届けたいからなあ。残り少ない時間で人生を振り返り、絶対死の前で生き残る事を止めたら、後悔と感動がより濃い混合物として脳に絡む。

俺も出来れば突然死にたくはない。


由美と東はもう逃げたようだがまた必ず会いに行くから、それまでには死ぬな。

だけど、俺の検証は失敗に終わったようだ。

飯田はもういない。健二は消えたも同然。俺を受け入れてもらわなければ神にはなれない、由美には敵わない。

司祭も悪くはないんだがな。

「おい...」

春木が苦しそうに瞬きをしている。脚は震えて、顔の筋肉がパンパンになるほど互いを引っ張り合っている。夢が崩れたこの場で現実に立ち向かおうとしているんだ。

「証明してくれよ、っは、本当に俺、俺に声を流していたなら、今すぐやってくれよ...」

「それが君の欲しいものなら」

送信機のダイヤルを一つ回してから口を近づけた。

「はーるちゃん」

俺には意地悪な愚弄しか耳に届かないが、春木は可愛く甲高い、優しく笑う、もしかして幼馴染であろう女の子の声も聴こえた。

「あああ、うそ、うそだ。やだあ...」

「だったらお前がちゃんと見てみろよ」

腹の丁度いい所を弾丸でつついた。水たまりに落ちる小石のように血を俺へとパシャっとはね返す。普通なら抵抗もなく通り抜けるのに、春木は金属を金属で打つ楽器の音を耳にした。


弾丸よりはたしかに大きい腹の穴に指を指し込んだ。その奥には明らかに自分のものではない何かが腫瘍のように重くくつろいでいる。臓器を責め苛むいじめっ子は、叱らなければならない。

今度は手を突っ込んで、もういじめる事の出来ない所へと連れ出した。

「マイクロ波だ。それで頭を微量にチンすると、それによる振動を耳が音として聴く。高かったんだー」

声も出ない。憎たらしい機械を睨むだけで精一杯だ。俺は、俺は立ったまま死にたいなあ。そうすれば、やっとかっこいい奴になれるのかなあ?最上なんて俺という銅像を見上げながら死ねばいい...


山小屋はまた静かになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る