第42話 シナリオ

みんなが混乱している。まあ、そもそもここで人前に出る予定はなかったんだから仕方ないけど、思わず声を出してしまった。

飯田も結構よくやってくれてたのに、由美が死んだら意味ないだろ。

柳や東も固まっている。状況観察ってやつで手一杯だろうけど、今はそれでいい。

肝心の由美は...

いた。期待以上にも美しい。これじゃあこの先どう転んでも満足だわ。

「初めまして、俺が君たちに声を与えている奴だ、飯田の言葉を借りれば、神?」

「嘘...」

「こんなおじさんが?」

驚くほど予想内のリアクションだが、いざ言われると心が痛むよ...俺より由美の方がそんなにいいのか?

「最上さん、ずっと逢いたかったよ...」

「ああ、来ちゃった」

飯田は相変わらずだな。

「信濃由美。俺はそもそも君に用があってこんな事をしているんだ。君のようにはいかないが、俺は数人に力を与えたつもりでいる。未来を予知する脳内の声だ。お前なら疑ったりしないだろ」

「...はい」

「俺がしてる事がわかるか?」

「...真似...?」

思わず笑顔になった。

「俺はこうやって君に勝ちにいってんだよ...宗教なんて、もはや神ではなく信者によって傾くからな。みんな、頼んだぞ」

この勝負での俺の役割はもうほぼ終わった。

「どうやってやったの?」

「は?」

「どうやって、どうして私の頭に声が流れるの?私に何をしたの?」

春奈か。お前はたしか二番目だったな。だけど解ってくれ、マジックの種が明かされるとがっかりするだけだぞ。

「由美、よく見ておいてくれ」

俺の信者がこれから神を許すところを。

コートの深いポケットから黒いレンガのような物を取り出した。粗雑な機械の表にはダイヤルが五つとハチの巣状の穴が綺麗に開けられている。横に張り付けてある延長アンテナを伸ばした。

春二人が後ろへと数歩下がった。ここまで見せてしまったら嫌でも思い当たるよな。

「...送信機」

「そうだ」

「受信機は、どこなの?」

震えが止まらないようだが、神の前となれば当たり前の反応だ。

「心配するな。頭の中に入れようと初めは思っていたけど、俺は神経外科でもねえからなあ、やめたよ」

「だったら何処...」

指を指す。

「腹の中だ。サイズとかバッテリーの事を考えると、そこしかなかったんだよ。だけどおかげでダイエットが楽になっただろ」

「何笑ってんの、冗談じゃないよ、私はずっと君に遊ばれてたって事?全部嘘だったんだ、はは、あり得ない...今までしてきた事が、こんな時の為にだなんて...」

「何が不満なんだ、教えてくれ」

「騙されてたって事よ!」

「だけど結果的には同じじゃないか。今まで満足だったし、これからも満足できるはずだ。それなのにお前は...」

肩を強く掴んで揺さぶってやった。

「...本当の神がこんな事をすると思うか!?俺を偽物だと言ってるけどそれはどうかな?俺は君に結果をやった。他のどんな神も劣る。俺の何がいけないんだ?おじさんだからか?そりゃ、由美みたいに可愛ければお前もいいだろうけど、これは「フェイト」じゃねえんだよ!俺が「偽物」だから価値はある、解るか?本物の神なんてそもそもいねえんだ!」

「あああ、ははは、何よ...」

「これからさあ、前の調子で生きたいだろ?言っておくが、それを与えられるのは俺だけだ」

辺りが完全に沈黙した。動物や草木さえも自然界から目を逸らしてこっちを動かずに見ているようだ。実に平和な世界。

「最上さん、どういう事ですか」

飯田が困惑の表情を浮かべてこっちに向かってきた。

「最終夢にそんなの必要ないですよね...」

「ああ、そうだ。しかし、そんな説明こいつらが聞くと思うか?君はともかく、納得するような設定じゃないといけないんだよ...」

「そうか。そうですよね!そうか...よかった...」

「飯田はこれからも好きなようにすればいい。準備ができたら戻るだけだ」

「はい」

「由美、今は見苦しいが、必ずこいつらは立ち直る。それで俺は自分を証明できる、その後は、お前の番だ。楽しみにしてるよ」

由美はこっちを見ていなかった、話しかけたのに、無礼だ。その眼は別の物に取られている。今は神でもアイドルの眼でもない、ただただ二十年ちょい生きてきた人間としての視線は俺をかすっているだけだ。

「飯田、止めて!」

息をするように飯田は拳銃を頭に持ち上げてにっこりと笑った。

「俺は先に行ってきます!も、最上さんもあまり遅れないで来てね!」

「いい...」

パン!

「...だ」

シナリオが崩れるのを感じる。

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