第40話 山の美

飯田の背負っていたテントを芝生の枯れている所に張る手伝いをした。四人が丁度隣同士で寝られる大きさしかない...春奈が嫌がりそうだな。

「あっ、私自分の持ってきたので、さっき考えていた事は無駄ですよ」

「...そうっすか」

俺ってそれほど顔に出る方か?

「じゃあ、私はあっちの方に張ります」

「ああ、お前も通った道から一目で見えないようにしてくれ」

「わかってるわよ。春木、張るの手伝って」

「...はい」

俺はこき使われる覚悟の上で少し離れた春奈の敷地に行った。猫の鳴く音が一回したが、茂みの中で動くものは何も見えなかった。

「ねえ、飯田が本当に柳を殺すと思う?」

「...殺すしかないんですよね、そうしないのならどうしてここまで来たんですか?」

「私にはどうしても、飯田がその目的でここに来たとは思えない。声に何かもっと聴かされているのか、声と関係なく違う目的があるのかしらないけど、柳を殺したかったのならこれほど引き延ばす必要はないはず」

「...そうですよね、俺もずっとそういう事考えていたのにお前たちが俺を余計なもの扱いしていたから引いたんですよ」

「それはみんな本当に思っているから...それより、私には言ってない事を飯田は春木に言っているの?」

「さあ、だけど一つあれば、ここへ来る前に柳が本当の目的じゃないや、どうのこうの言ってました」

「君に言うって事はそれほど重要な事じゃないって事か...?」

「いや、真の目的は由美って奴だってことも言ってたけど」

「もちろん私はそんな事聞いていない」

「じゃあ、柳はまた結局後回しかよ」

「いや、後回しではなく、最初からどうでもいいんだよ」

「だったら俺は何のためにここに来たんだー?」


もう二日経った。テントでの生活も感覚を鈍らせれば慣れるもんだ。車には水と食料を入れといたし、小屋のシャワーは無理でもトイレはまだ使える。俺は一応大丈夫でも、春木や春奈、健二も嫌でも心配になってくる。しかもずっと騙しているようで逆にこっちの神経が疲れてきた。直前までに隠し通す予定だったが、それは間違いだったか?いや、言う義理などないし、言っていたとしてもここに来ていた事実は変わっていない。しかし、やはりいきなりみんなにシミュレーションを崩すような事をされては困る。なるべく落ち着いて聞いてもらう用にしないといけない、大丈夫だ、俺には最上がついている。

自己紹介をするだけだ。その前に逃げられては困る。個人的な想いが正直に抵抗を露わにしているが、最上の信者を増やす為の大切な一歩だ。

最上が頼めば俺も本望。他人の一言でこれほど幸せになれるとはすごいものだ。


「もうすぐ来る」

そうか。やはりここでは声の予想は外れない。

「みんな集まってくれ。会議だ」

湧き下のホルスターに収めていた拳銃を取り出してテントの入り口で待った。

「柳がもうすぐ来るらしい...」

「私も聴きました」

「そうか、もうそろそろか、だから今言おうと決めたんだが、あまり怒らずに聞いてくれ。今日柳を殺すつもりはない...」

「ええー?!」

「私は勘づいていました」

「あ、一応俺も」

「なんだ、そうか、ならよかった」

「俺は無視っすか?!」

耐えられず溜息をついた。やっぱり最上の仕事が完璧以下になる訳がない。健二はともかく、春奈のおかげでスムーズにいきそうだ。

「柳はまだ俺達を消したがっているかもしれないが、今は由美という人と行動している。嫌に俺達を忘れているようだが、それほど由美が重要ってことだ。その人に自己紹介をする」

「声の命令なら仕方ないか」

「いや、一部俺の独断でもあるが、それは認められている」

「...飯田さん、私達に何か隠していませんか?」

「...言う必要はない。極めて個人的な事だ」

「私達に支障がなければいいが」

「ああ、全くない...いつ来るかわからない、今はテントへ戻ろう」


山も暇になれば美しさが一段と増す。俺が動物だったらここで住むのも悪くないだろうな...だけど森のみんなは俺ほど暇になれるのかな。例えばあのリス、昔の俺みたいだ。

声が微かにした。

獣道から漏れる音がリスの注意を引いた。

歩いてくる数人の中に柳がいるんだ。ずっと危険人物として認識していた人とやっと会う時が今でも過去でも大丈夫なはずだったんだが、なんだろう、普通に怖い。

いくら心の準備をしても振り切れない不安は必ず残る。一人ならな。だけど俺は一人じゃない。だからいつでも大丈夫...

後ろでは健二と春木が控えている。さらに奥に春奈がいる。たったの二発でも、銃を持っている俺達の方が有利だし、柳は今日銃を忘れてきているはずだ。大丈夫、大丈夫、大丈夫。

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