第36話 パート シックス 山小屋

代理戦争。


たしかに山小屋は実在し、樹に隠れながらも衛星写真に写り、それに頼った私達は今その前庭にいる。庭というよりはただの荒地で、その奥の捨て家が地面に喰われる事に一生懸命抗っている姿があったが、年老いた家にはもうそろそろ覚悟を決める時が辿り着く寸前にあった。もう人は住めない。そう、だからまだ存在する意味があるとするのなら、それは父さんの意志を私に伝える為。

説明もなしで勝手に死んじゃったから。

山小屋とだけあって、小屋の隣には緑が剥がされた絶壁があった。崖崩れの跡のようで、岩の薄茶色を山が甲羅として纏っていた。その周りには森の毛布。ここで温もりを感じさせるのはそれだけだ。

「入ってみようじゃねえか」

埃の舞う玄関。その先は案外きれいな空気が充満していた。森の小人が暇つぶしに掃除でもしていたのか、外見から予想できる散らかりはほとんど片付いてある。元々物質的な欲求がなかった父だったのかもしれないが、これはさすがに拒否しすぎじゃないか?

「おい、こっちに地下への階段があるぜ。こんなとこにも地下があんのか...」

柳が扉の引きはがされた四角い入り口の前で立っている。ぼそぼそと独り言を言いながら注意深くその暗闇を覗いたら、おそらくただの文句である独り言の速度が上がった。

「なんか嫌な予感がするぜ、おい、寺田、お前が先に行ってみろよ」

「いやですよー」

「なんだお前ー」

ごちゃごちゃと言い訳を繰り返す二人は頼りにならないかもしれないが、それを指摘できるほど私も力強くはない。同じ不安を感じる。腐った匂いが地下から漂って来ているのが解る。とても痛々しい匂い。

だけどこんな匂いなんかに負けてられない。ただの匂いだ。直接害などないはずだから、腹をくくって進むしかない。

「東、ついてきて」

「もちろん」

柳と寺田の間を通って躊躇わず階段に足を踏み入れた。体重を全て載せたら木の軋む音がして、事前に腐っていないか確かめていない事に不安が一斉に体を痺れさせた。しかし階段は崩れなかった。運よくしっかりと立っている。

後ろから柳と寺田もついてきた。一番奥の寺田は今度、逆に後ろから襲われるんじゃないかと心配し始め、二秒ごとに後ろを振り向いていた。

階段の下には湿った空気の閉じ込められた地下があった。床のコンクリートもスポンジのように水分を吸収していて、心なしか、柔らかくて歩きづらかった。そんなコンクリートに喰い込むように一つの金庫がずっしりと奥に置かれていた。

「この金庫見覚えがある」

「まさか、コンビも覚えてないだろうな?」

「いや、その必要はなさそうだ」

東がすでに半開きになっている扉の隙間に手を入れた。無理やりこじ開けられた扉は微妙に歪んでいて、鍵の周りは変色していた。少し焦げ臭い。

東が両手を使って、腰を入れながら全開にした。

中には一冊のノートだけだった。手に取ってみる。それは父さんが良く読んでくれていた昔話だった。昔話、だよね?ページをめくってみると、雑な落書きみたいな文字が残されている。それでも、その文字は邪魔者ではなく、紙の大事な一部として感じ取ってしまう。父さんの字だ。勢いよく本を閉め、筆者の名を探そうとした。

「父さんがこれ書いたの?」


「そうだな由美、寝る前に本を読んであげようか。」

パパがパジャマ姿で台所に立っている。

「えええー?いつも同じの読むからやだ」

「いいじゃん。この話はパパが好きなんだ」

布団に入る小さな私は、文句を言いつつも笑っていた。ママはもういないのに...父さんだけでもこんな顔してたんだな。一緒に布団へと入った父さんは枕の位置を変え、その本を読み始めた。

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