第35話 偽りの朝

下にも最上はいなかった。ホームレスに聞いても口すら開けてくれないし、最上の名前にも反応はなかった。寂しいよ。

唯一形見と言える物が外にあった。いつもの所に停めてあるフェラーリがしょんぼりと地面にすがっている。もしかして最上がその中に隠れているんじゃないかと突然思い、その方へと歩いて行った。くさい演技をしているフェラーリを見て笑う。最上と組んだって、俺を騙す事もできやしない。

窓を覗いたら中は空っぽだった。窓にぼんやりと映る可哀相な自分が邪魔なだけなのかもしれない。いい角度を探そうと頭を動かしても彼もそれに合わせてくる。どうして俺を一人にさせようとするんだ?最上がすぐそこにいるのになぜ隠す。やっと彼も追いつけない角度を見つけ、じたばたと混乱するその表情に「ざまあみろ」と言いかけたかった。

やっぱり誰も座っていない。ペダルの横で丸まってもいない。

彼は悲しい表情で溜息をついたらこっちを残念そうに見上げた。そうだ、俺は元々一人だ。こいつはただ、その事実を隠そうとしていただけなのかもしれない。その時、運転席に鍵が置いたある事に初めて気づいた。それを取ろうとドアに触れたんだ。

「飯田。おめでとう」

頭の中で誰かの声が快く響いた。知らない声、なのに特定出来ない身近な記憶の中で聞いた気もする。ただ一人、俺に仲間外れを忘れさせる人。

「最上!?何処にいるの?」

返事はなかった。

窓ガラスの彼は驚いているようにも見えた。まさか俺に声をかける奴がいるとも思っていなかったんだな。ドアを開けて、鍵を拾い、席に座る。中から覗く窓にはもう彼はいなかった。その代わりに俺の頭の中には最上がいて、最上も今俺の事を考えてくれている。安堵の溜息をついた。やっとだ、やっと。俺はやっと君と一つになれたんだ。


静かで暗い車内で俺はまだ天井を見上げている。さすがに肩と背中にも痛みを感じ始めているし、脚ももうそろそろ動かしたい。これくらいならベッドでも簡単に寝つける事が出来る。窓のない車庫でも外が真っ暗な深夜だというのは解る。

手をハンドルから離してドアを開けたら、ゆっくりと、身体を傷めないように立ち上がる。足を地面に引きずるように動かしたらモーションセンサーが発動した。ランプの光が一斉に車庫に撒き散らされて、疲れた脳を守ろうと眼を閉じた。光がありながらも、それを使えない俺がドアに辿り着き、ドアを振りかざした。

中とあまり変わらなかった。ジンジンと昇っている太陽が高層ビルの隙間から柿色の姿を現している。冷え切った夜を切り裂き、暖かい色で俺を迎えた。

今日の予定はただ寝る事になった。

「何だ...もう朝か」

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