第25話 パート ファイブ 飯田

いつになったらこれは終わるのだろうか。

いつになったら答えが解るのだろうか。

この夢はいつまで続くのだ?


飯田はフェラーリの運転席に腰を掛けていた。手はハンドルを軽く握り、愛人の黒髪に指を通すように触り心地の良いレザーを撫でた。窓の外は暗い。それもそうだ。上を向いた先には車の屋根と倉庫の屋根が二重になって自分を隠している。外はもう星空になっているのだろうか。太陽がもう落ちているのなら、俺の時間感覚はもう年老いてしまった事になるな。

ここへ来るのは好きだ。落ち着いてしまう空気がここにはある。高速に乗っている時の甲高い意気とは正反対の気持ちをも与えてくれる。なぜだろうか。家のベッドには落ち着きがない。俺に期待しすぎているんだ。フェラーリの運転席など俺を寝させようと企んでなんかはいない。答えないといけない期待も、果たせてあげなければならない役割もない。互いを消耗した一日の終わりに、素の私達が肩を並べて抱き合うのだ。

この車は好きだ。プレゼントだったんだ。プレゼントも好きだ。欲しいものが頼まなくてもやってくるんだからな。あの人の顔がまた目の前で浮かび上がる。幻覚のように一瞬はっきりと映ってから、曖昧な煙に映写され、その後は霧散する。幻覚の中の幻覚。

そういえば、この車も実在しないんだな。

いざ別れるときになるとさぞ寂しい想いをしてしまうに違いない。愛車に愛の字がついているのは本当に愛しているからだ。しかし、それもまだまだ先の話になるはずだ。もしかしたら俺は、こいつと別れたくなくて事を遅く進めていたのかもしれない。そういうやり方はもう辞めにした方がいい。目標を見失っている証拠となってしまう。そうだ。ここから出たらまたいつか逢えるんだ。今度は自分がお金を貯めて、プレゼントとして君を買うのではなく、保釈金として君を解放してみせる。

由希雄の願望を全て打ち砕いた後、解放された俺の姿も君に見せてやる。


俺は子供の頃は幸せだった。責任も無ければ心配事も無い。子供はみんな幸せだ。大人になるまでは気付かないがな。

中三まではごく普通な家庭で過ごしていた俺だったが、高校入学と同時にその風景も変わった。棚に置かれた父のユーフォー模型と望遠鏡も、今になって序論の予告だった事に気付いた。ずっと前から親は未知の現象やらオカルトやらを脳裏に埋め込んでいて、それが家庭内でも少しずつこぼれ出ては俺にも移り住んだ。だから、チャイムを鳴らして、玄関の外で立っている人の話を聞いてしまった時、無謀に自分をその世界へ放り込んでしまった。疑いが生じなかったんだ。追い返さなかった事を今でも後悔している。

そいつは六十代ぐらいだっただろうか。暇すぎて不思議なバイトを始めてみただけの感じで、これといった信念があるようには見えなかった。じじいだった事も一つの考えられた戦略だったのだろう。押し倒したら死んでしまうようなやつから危険を感じる訳もなく、それに加えて上品な喋り方が頭の切れを見せる。年も丁度良かったのだ。八十か九十歳までになると、ぼけてきた可哀そうな老人として扱われてしまう。由希雄もそれは困るだろうな。だから、普通を装った奇異を送って来るんだ。

俺達はまんまと支配された。振り切れない幽霊に取りつかれ、そこに存在するだけで俺の動きを操作する。出来る事が限られる。奴の好きな方向に進んでしまうのだ。

それでも、俺さえその頃は興味を持って行動を共にしていた。何とも言えない魅力をその人はまき散らし、背負わされた責任と、向けられた期待に応じようと父は会社を辞め、俺もしばらくは学校を休んだ。全ては宝探し。銀河からのクリスマスプレゼントを由希雄に届ける為。

微かに覚えている。これは由希雄ではなく、親が一生懸命見つけたものだったからな。どれほど奴らが欲しがっていて、探してくれと頼まれたものでも、初めてその光を浴びたのは俺の眼球だ。何があろうとも、それだけは盗めない。

地下で眠る素晴らしい贈り物も絶対に渡しはしない。

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