第15話 デート

「...警察は今回の件について、前回の事件とどのような関係があるのかコメントを出しているようですが、小島さん?」

「はい、警察は、同一犯という線で調査を進めている様子です。見ての通り、ここで違法駐車をしていた被害者の谷口さんが、窓を通して撃たれました。そして、その車の隣にですね、犯人の銃から放出されてとみられる薬莢が落ちています。それで、薬莢というのはですね、通常は円柱形なのですが、見てください、この薬莢は前回と同じく、弾がこまれる部分が細くなっているのがわかりますか?警察によりますと、こういった弾丸を撃つ拳銃は世界でもごく希だという事です。だが、それが今後の調査に役立つのかは、まだ判断するには早いようです。」

「小島さん、ありがとうございました。」


まつ毛が白い光を捕まえて消える。横顔の輪郭が、触れないコットンの枕にやさしく支えられている。綺麗だよ、明梨。後ろでゲーセンの騒めきがフードコートまで流れ、食事中の会話達と混じり合う。

明梨の奥を指さして言う。

「ゲーセン行くのも久しぶりだろ」

子供と高校生の群れを切り分け、エアーホッケーまで一直線で行った。

「覚えてるか?ここで何時間費やしてきたか、高校の後、ろくに勉強もせずにいつもこれやってたよな」

「覚えてる。私の方がいつも勝ってたけどね」

ああ、まただ。懐かしい思い出が次から次へと押し寄せてくる。今ではない時間からの君が、甘い唇を震わせ、今の俺を引き込んでしまう。あの頃の君に戻って欲しいんだ、だからこう私は動く。

「そうだな、俺はいつも負けていたけど、今日こそは勝って見せるよ」

明梨はにこりと笑った。

百円玉を一枚、横のスロットにいれた。音をたてて、他の百円玉の待つ所えへと落ちていった。その音が、妙に緊張感を引き出してしまう。ゲームはもう始まってしまった。俺は全力を尽くして負けないといけない。

ラリーがカンカンと、うるさく鳴り響いた。俺の力を込めたストレートを、明梨は壁へと弾き、角度から突っ込み戻って来るパックを真横へと俺は流した。直角に壁を数回叩き、速度を落としながら俺の目の前で止まろうとした。完全に止まる直前、右腕を一気に伸ばして一点を狙う。前のお前ならこんなの防げるはずだ。何十回も何百回も繰り返してきた技の流れ。俺の放ったパックは、軽々と君の手首の切れにより向きを変え、横まで大きく伸びたままの俺の右腕を通り過ぎ、ゴールを決めるのだ。昔みたいに。

だが明梨の動きは鈍かった。

その膝の横のパックは取り出されるのを待った。そっと後ろに足を引き、前にかがもうとする明梨を私は見てられなかった。これ以上二人分の墓を掘り続けるのはやだ。

「おおい、明梨、あっちの方に可愛いぬいぐるみとかあったから、それをやりに行こうか?ずっとこれをやっていてもしょうがないよ、なあ?」

躓きながらも私は強制的に明梨をエアーホッケーから離した。

奇妙だ。やっぱりどれほど若い面と交じり合っても、若返る訳ないよな?何を考えていたんだ俺。記憶が懐かしく思えたら、それを取り戻すために努力すると思ったのか?


荷物がだんだん増えてきた。特に必要としない服や石鹸、財布まで買ってしまった。微妙に気まずいのは私だけなのか?明梨の方を見てもいつもと変わらない表情をかざしている。

「ごめんな。さっき、どうかしてたんだ。エアーホッケー、またやりに行くか?」

「ふっ、いいよ。ねえ、何そんなに気にしてんの?私が久しぶりに負けたから怒ると思ってた?らしくないよ。前の淳なら大声で喜んでたじゃん」

「そう、そうだったな」

罪悪感に似たものが湧き上げてきた。心の奥底でねっとりとした渦を巻きながら、その蒸気だけが口蓋にこびりつき、喉を刺激する。自分の中に吐き気がするほどの悔いが秘められている事実が、実際の感情より気持ち悪い。

「愛ちゃんに何かを買わなきゃ。何がいいか。服買ってもあの子着ないし、やっぱりミスドでいいか、ねえ、聞いてる?」

愛ちゃんの名前を聴いていつもふと思う事がある。男は父親になると脳内で科学的な変化が起きるらしい。愛ちゃんが俺を変えてしまったのか?そして俺が変わったから明梨も変わった。もちろん愛ちゃんも明梨も愛している、ものすごく愛している。だけど、たまに自分の方がかわいく思えてしまう時がある。愛ちゃん。また言えば魔法は再び効く。罪悪感も、悔いも、吐き気や汚い自己保存も、口を通して空気へと化けてくれる。深く息を吸い、深呼吸をして笑った。

「こんどは愛ちゃんもつれてこうか。家族三人で、好きな所どこでも」

「素敵、だと思う。旅行もたまにはいいよね、黒部とか、富士五湖とか」

「わかりました」

「え、何、丁寧語?」

「違うよ、ただの尊敬語だ」

「いや、丁寧語だと思うけどな」

どうでもいい会話が似合ってしまう、ずっと無邪気でいてほしい私のもう半分。手を握って離さないよ。


「...二日前に拳銃で殺害された、谷口さんの身元がわかりました。37歳の無職で、暴力団関係があったと警察が報告しています。犯人は未だにみつかっておらず、警察はおそらく敵対する組の仕業だと考えています。治安の良いとされている日本でこういう事件が起きるのは、国民にも不安を与えていると思うのですが、どうして今になってこのような事件が起きるのでしょうか?」

「まあ、実はこのような事件は決して、日本にとって新しい展開ではないんですね。もちろん地下鉄サリン事件もありましたし、だが今回で少し違うのはやっぱり拳銃が使われた事でしょうね。それもまったく犯人の正体へとつなぐ証拠も残さずに、いまだにつかまっていない事が、全国の不安になっているんだと思います」

「それで、警察のだした証言で、犯人はおそらくヤクザ関係だといっていましたが、教授はどう思いますか?」

「いやあ、どうもね、まったくの勘なんですけどね、ヤクザではないと思います。前例のヤクザによる殺人事件では、どれも複数犯で、しようされた銃はだいたい流行の高い9ミリや、45口径なんですね。だが、今回しようされたのは、これも警察の少ない証言による推測なんですけど、おそらくエフケイ・ビーアールエヌオーという銃だと思います。この拳銃の撃つ弾は一種類しかなく、威力が通常より高い銃なのです。ヤクザがこの銃を使うとは、そもそも日本で手に入れるのも無理に近いと思います。日本のどこかの、もしくは海外の個人の可能性を否定できないでしょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る