第19話 一難去ってまた一難

 千代と佐助の間に立ち入れない空気が漂っている。


「本当に、佐助、兄さまなのですか…?」

「んー、まぁ……。…大きくなったね、千代。」

「うぅっ…!佐助兄さまぁっ!」

 千代が佐助に抱き着き、わんわんと泣きだした。佐助はというとそんな千代を抱きとめ、優しい目つきで見つめているが、眉間にしわを寄せており、嬉しいのか、苦しいのか良く分からない表情だ。





「えーっと…、二人ともお知り合い?」

「……姫さんは千代のこと知ってるみたいだね…。




――猿飛千代。だいぶ会ってなかったけど、おれの妹。」



















 千代が落ち着くまでとりあえずその場で二人の様子を見守っている徳ら。信繁や才蔵が火玉を作り出し、暗くなった森に明かりが灯る。

「――おい。なんであんたまで忍術使えるんだよ。チャクラ量が多い奴ほど細かいチャクラ制御は難しいんじゃねぇのかよ。」

「出来るから出来ているのだろう。」

「はぁ!?しかも、おめー、無印詠唱しやがっただろ!忍でも一部の奴しか出来ねぇってのに!」

「……うるさい。」

 才蔵が信繁に突っかかっているが、信繁は相手にしていないようだ。

「さ、才蔵さん、信繁様にそんな言葉づかい…――。」

「あぁ!?こいつが何者だろうが俺には関係ねぇ!俺は俺が上だと認めた奴だけ敬うんだよ!」

「大谷の姫よ。こいつに話しかけるな。馬鹿がうつる。」

「んだとこら!?」

「というか、あんたはこいつに連れ去られた人間だ。なぜそんなにこいつに気を許している。」

「え、だって…。別に才蔵さんは私に危害加えるつもりなかったみたいですし…。」

「なぜそう言いきれる。相手をすぐに信用するな。」

「…は、はい。スミマセン…。」

「おい!俺を無視するな!」
















◇◇◇◇◇

「――…えーっと、だいぶみんな打ち解けたみたいで。」



「お、お待たせしてしまって、本当に、大変申し訳ございません!!!」

 未だに鼻をすすり、目もウルウルと赤く潤ませているが、千代は泣き止むことができたらしい。その千代はずかずかと信繁の前まで大股で移動した。

「信繁殿!!徳様を助けてくださった方とは露知らず、あまつさえ切りかかってしまうとは!…大、変!申し訳ございませんでしたっ!」

 信繁の目の前で思いっきり頭を下げ、最敬礼の姿勢で謝罪する千代。

「いや、俺は気にしていないのだから、千代殿も気にするな。」

「いえ!そんな訳にはいきませぬ!」

「…本当に気にするな。寧ろ大谷の姫のそばにあんたの様な者がいることに安心している。この姫はだいぶ警戒心が薄いからな。」

「はい!ですが、そこが徳様の純粋で素晴らしい面でもあります!」

「……。」


 千代の発言で再び安心できなくなった信繁は半目で佐助を睨む。その視線を受けて、佐助は眉を八の字にしながら頬をポリポリと掻いた。


「んー。千代は好きな相手にはとことん目が節穴になるっていうか、その人がすべて正しい、みたいな謎の信頼を寄せてしまうというか…。」

「……はぁ。なるほど。姫が気づかない訳だ…。」





「おいおい。どういうことだよ。あんたらどういった関係性なんだ?大谷の姫で徳様って越前の大谷吉継んとこの娘じゃねぇだろうな?」





「「「…。」」」

「徳様、こやつは誰ですか?」


 千代が才蔵を睨みながら徳のもとに駆け寄ってきた。しかし、徳は才蔵について上手い説明が見当たらない。

「えーっと…。」

「千代殿の兄貴に喧嘩を吹っかけて来た馬鹿だ。」

「なんと!佐助兄さまに!?きっと手も足も出ず負けたのでしょう!身の程も知らぬ馬鹿め。」

「おいおい!おめぇら!言ってくれるじゃねぇか!?ってか、そこのちび!おめぇも忍だろ!?そんなこと言うなら、俺と勝負しやがれっ!」

「徳様に全精力を注いでるのだ。貴様に構っている暇などないわ。」

「んだと!?てめーっ!!」

「――…え?千代、あなた忍者だったの?」




「「「…。」」」


 徳の一言で再び沈黙が訪れた。




「えーっと…。」

 千代の視線がきょろきょろと忙しくなる。

「…千代、姫さんに忍だって言ってなかったの?」

「……時が来れば伝えてもよいと吉継様に言われていたのですが…。お目覚めになられてお忙しかったため、なかなか言い出せず……時期を逃してしまいまして…。

…っ申し訳ございませんでした…!あの、その……今夜、すべてお話しします故…、お時間よろしいですか…?」

「え…、う、うん…。」

 別に千代が忍であろうがなかろうが徳にとってはどちらでも良いのだが、真剣な目で見つめてくる千代に、徳にも緊張が移ってしまう。




「あ、そうだ。」

 急に佐助が思い出したかのようにつぶやき、とてつもなく早く手を動かし印を結んだと思えば何かを唱えた。

「げっ…!」

 それに気づいた才蔵も同じように印を結びだしたが、遅かったようだ。才蔵の口の周りを中心に、顔中に筆で書いたような文字が帯のように浮かび上がる。その文字の帯がぐるぐると動き出したと思えばぱっとはじけ、才蔵の口の中に勢いよく入っていった。


「ぐふっ…!――…ってめぇ!猿飛佐助!別に言いふらしたりしねぇよ!」

「保証はないじゃん?」

「気持ちわりぃもんかけやがって!俺ぁ、術にかけられてる状態ってのが一番嫌なんだよ!」

「そんなん誰だって嫌だよ。」

「しかも、不解特術にしやがって…!」

「さすが、佐助兄さま!!あんな一瞬で不解特術の口止めの術を繰り出すとはっ!」

 忍三人は何が起こったのか理解しているようだが、徳には何が何だかわからない。とりあえず、初めて見る光景に驚くばかりである。

「…な、なに…?」

「口止めの術です!あやつが徳様の正体を他人に伝えようとすると、声が出なくなったり、動けなくなったりするのです!しかも不解特術なので、佐助兄さまが解かない限り一生あやつはこの術を解くことができないのです!」

「くそっ!こんなちんちくりんな餓鬼一人をどうこうしようなんぞ思わねぇよ!こいつが何処の何者でも俺にとっちゃどうでもいいってーのに!」

「徳様がちんちくりんですと!?こんな美しくも優しく、高貴なお方どこにもいらっしゃらないのだぞ!」




「――しっ。静かに…。」






 忍三人の言い争いを信繁が止める。


「…何か、近づいて来る…。」



 急に三人も顔つきが険しくなり、遠くの森、いや空を見つめだした。信繁が刀を抜く。




「ど、どうしたの?千代…。」

「…徳様、私から離れないでくださいね。」

 千代が徳の前に移動した。






―――風もないのに周りの木々の枝が揺れだし、葉擦れの音が大きくなる。






「…妖、だな。」

 信繁のつぶやいた声がやけに大きく響く。



 本日は様々なことが起こり過ぎて、すでにキャパオーバーの徳だったが、まだまだ真田屋敷に帰れそうにはないようだ。

 

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