第18話 忍VS忍
木から木へ凄まじいスピードで飛び移っていく才蔵と、小脇に抱えられながら叫んでいる徳。絶叫マシンに乗ったことがなかった徳だが、この類のものが苦手だったのかと今になって自分の傾向を把握する。
「いやー!だめ!本当に無理!お願い降ろしてっ!」
「ピーピーマジでうるせぇな!落とされてーのか!?」
「ダメ!無理!絶対やめて!!」
「チィッ」
「ぎゃーーーーー!!」
徳の騒ぎ具合に嫌気がさしたのか、或いはある程度距離が離れて納得したためか、才蔵は木の上から一気に地面へと落下した。そして、軽やかに着地するときょろきょろと辺りを見渡し、小脇に抱えていた徳を意外にも丁寧に倒木の上に降ろす。
(…こ、怖かった……。)
そして、ぐったりしている徳の頭上で才蔵は大きな舌打ちを打ち鳴らした。
「くそっ、せっかく猿飛佐助に会えたってのに、邪魔が入ったぜ。」
「………うげぇ…。」
(あぁ…、この人…。)
「…あぁ?何見てんだよ。」
「…いえ…、なんでもないデス…。」
佐助と才蔵が戦っていた際は濃霧で姿が見えなかったし、今まで小脇に抱えられていたため、はっきりと才蔵の容姿など見ていなかった。徳は今になってやっと誘拐犯の顔を確認したのだが、思わず口から出たのは蛙が踏み潰されたような声。
鼠色の短髪に襟足だけを伸ばして紫色の紐でくくっている、これまたワイルドタイプのイケメン。
(…絶対小説の主要人物だわ、この人っ…!)
『
「おらよ。」
「うわ!」
「あんま意味ないかも知んねぇけど、それで濡れたとこ拭けよ。」
急に顔に投げつけられた何かを確認すると、どことなく使い古した手ぬぐいであった。気づけば雨脚は弱まっており、木々の下にいるためか雨の音は聞こえるが、雨に打たれることはない。
「…なんだよ、使い古しは嫌だってか?」
「あ、いえ、そういう訳じゃ…。」
「あぁ?んじゃ、文句言わず使え。」
「…。」
徳は言われた通り、髪や身体を借りた手拭いで拭きながら才蔵の様子を観察する。
(…さっき、私を傷つける的な発言、佐助さんにしてたよね…?でも、どっちかっていうと…――)
「……才蔵さん、あなた私を傷つける気、ないですよね?」
「ぁあ?」
自身の忍装束のような、作務衣のような服の水気を絞っている才蔵に、徳はストレートに問いかけた。
「…勘違いするなよ。俺ぁ、必要があればあんたを殺すことだって簡単にできる。見掛け倒しの力振りまきやがって、紛らわしい…。」
視線をそらしながらそういう才蔵に徳は確信する。
(…間違いない。絶対この人私を傷つける気なんてない。…じゃあ、何で私を…?)
「…なんで佐助さんを探してたんですか?」
「あ?あんたにゃ関係ないだろ。」
「関係あります。私何でここまで連れられてるんですか。」
強気に発言した徳を才蔵の鋭い瞳が睨みつける。
「…。」
「…。」
「くっ…。いちいちうるせぇ女だな!……忍の世界で一番強ええ奴になりてぇんだよ!」
「……は?」
「は?じゃねぇよ!?おめぇが理由聞いたんだろ!」
「あ、いや、ごめんんさい。そんな理由だと思わなくって…。」
「おめぇ、もしかして一緒に居るくせに猿飛佐助のこと知らねぇのか!?10歳で里一つ無かったことにしたんだぜ!?しかも一夜で!誰にも気づかれることなく!忍びの世界じゃ、あいつ夜鬼の佐助って言われててもはや生きる伝説になってんだぞっ!?あいつに勝たなきゃ忍で一番強ぇえって言えねぇだろ!!」
「…………へぇ……。」
「んだよっ!聞いといてその、どうでもいいみたいな返事は!?聞いたからには責任取って興味を持て!」
(…そんなこと言われても…。)
「つまり、才蔵さんは佐助さんと力比べがしたかったと…。」
「まぁ、だいぶ端折られたがそういうことだ!」
(……ついていけない…。忍の世界ってこれは普通の事なの? 勝手に家に乱入して力比べ…?刃物使って普通に戦ってたよね…?)
思わず徳は白目をむいた。
「……思ったより早く迎えが来たようだな…。」
ドン
ドン
ドン
「…っ」
爆風と共に森の向こう側から丸く
「…ヒェッ」
「すまん。遅くなった…。怪我はないか?大谷の姫…。」
聞こえた声と右肩に置かれた手に反応して、後ろを振り向こうとした徳だったが、思いのほか信繁の顔が近くにあり、振り向くことが出来なかった。
「の、の、信繁様…!?」
視線だけを右へ動かせば、視界の端にビリビリと電流が流れている刀が見え、徳はいろいろな意味で硬直する。
「おいおい、嬢ちゃん、純粋そうな綺麗な顔して、男二人を弄んでんのか?」
「はぁ!?」
「猿飛佐助が恋人なんだろう?」
「ちょっ!どうやったらそんな勘違いが生まれるのよ!?」
先ほどいた場所から、いつの間にか離れた位置に立っている才蔵は飄々語る。
「勘違いも何も、市のど真ん中で顔赤らめてイチャイチャしてたじゃねぇか。」
「はぁ?何言って…――、」
徳は記憶を呼び起こす。
―――
『あらあら、姫さんは主様が大好きだねぇ。自分にじゃなくって、主様か。』
『な!?違っ!いろいろお世話になってるから作りたいだけであって、そんな!』
『あ、あれれ?そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど…。なんか、ごめんね。』
『えっ!?ち、違うんです!本当に、好きか嫌いかでは好きですが、恋愛的なものじゃなくって!』
『うん。分かったよ。ごめんごめん。』
『だから、違うんですって!』
―――
(……あれかーー!!!)
会話の途中に徳らと才蔵との間にシュッと降りてきていた佐助が、ギギギと錆びたからくり人形のような動作で徳らを振り向く。
「ち、違いますから主様!こいつの勘違いですから!」
急に青ざめて信繁に弁解しだす佐助。なぜだか背後から威圧感を感じ、徳は先ほどとは違った意味で振り向くことができない。
「まぁ、…あんたらの関係性はどぉだって良いんだよっ!」
ガキーン!
才蔵が叫びながら振りかざした小刀を佐助は苦無で容易に受けとめた。しかし、計画通りと言わんばかりに才蔵はにやりと口角を歪め、自身の背後から大きな炎の渦を何本も造りだす。そしてそれを、鍔迫り合いをしていた佐助に向かって一気に降り注いだ。
「佐助さんっ!」
しかし、そんな事造作もないとでも言うように、佐助の背後からは水の龍が出現し、炎の渦を飲み込んでいく。
その間も才蔵が投げつけていく飛び道具を苦無で弾き返しながら、接近戦になれば殴る、蹴るを上手くかわしていく佐助。あまりに早すぎる動きに徳は二人が何をしているのかはっきりとはわからないし、現状についていけない。
(ち…、力比べって言ってたよね…。)
「…もうよい、佐助。面倒だ…。」
「はいよ。」
返事をするや否や、今まで防戦一方だった佐助が踵を変え、大きな炎の塊をいくつも才蔵へぶつけはじめた。それを避ける合間に今度は雷が才蔵目掛けて落ちる。
「はは!そう来なくっちゃな!水壁波!」
才蔵が手で印を結び、叫ぶ。すると地面からザーッと水が沸き上がり、それは一気に大きな水の壁へとなり、津波のように佐助に襲い掛かった。
しかし、佐助は驚くことなく三本指を立て何かを唱えると、その水の壁は佐助の周囲を避けるように勢いよく背後へと流れる。
――が、佐助の背後には固唾を飲んで佐助と才蔵の戦いを見守っていた徳と信繁がいた。
「えぇ!?嘘っ!?」
ザバーンと水しぶきを上げながら波打ってくる大きな水の壁。徳はその存在に焦るが、背後に立っていた信繁が一歩前に出ると、三本指を両の手で立て、その指同士を合わせた。
『雨濁噴散』
ザー
信繁が唱え終わるのと同時に水の壁は水滴へと変わりその場で落下した。そこだけがまるで豪雨のようだ。
丁度目の前にあった地面の大きな穴に水が溜まり、一瞬にして人工池の完成だ。
「大事ないか?」
「うぇ!?だ、大丈夫です…。あはは…。」
今まで徳は妖は規格外、妖には常識はないと思っていたが、考えを改める必要がありそうだ。力持ちや忍もあり得ないほど規格外で常識破りだ。その力持ちに自分も分類されている事実に徳は思わず空笑いが出る。
「おうおう。あんたの飼い主も忍術使えるのかよ!?」
「背後に迷惑が掛かってる。そろそろ終わらせるよ。」
「はん!余裕ぶっこきやがってっ…!」
そう言うと佐助は苦無で才蔵に切りかかった。先ほどよりもスピードがけた違いに上がっている。才蔵は刀でそれを受けるが、明らかに押され気味だ。右腕の内側に忍ばせていた苦無を取りだした才蔵は、右手に刀、左手に苦無を器用に使用し佐助からの攻撃を受けていくが、受け流すだけで精いっぱいの様だ。
佐助の周囲から鋭い風が巻き起こり、才蔵の皮膚が切りつけられていく。
佐助からの攻撃を避けることに精いっぱいで、才蔵は風を相殺することができていない。佐助からの攻撃は止まらず、ひときわ強い突風が噴き出した瞬間、佐助の蹴りが才蔵にもろに入った。
「…くっ!」
才蔵は地面に激しく突き落とされる。そして背が地に着いた瞬間、佐助の苦無が喉元すれすれで止まった。
「…仕舞いだな。」
信繁がつぶやいた瞬間、徳の心臓はどっどっと拍動することを思い出したかのように勢いよく鳴り出した。
「さ、佐助さん!大丈っ――ぐぇ!」
佐助と才蔵の元へと駆け寄ろうとした徳は、信繁に小袖を捕まれ襟が詰まった。
「…あ、ん、た、は!今の戦いを見ても危機感が出ないのか!?あそこに飛び出して、才蔵とやらがあんたに切りかかってきたらどうする!?」
「え、や、でも、才蔵さんは…――。」
「才蔵さん…?」
(ひぃ…!信繁様から出ているオーラが怖い…。)
明らかにやりすぎだとは思うが、才蔵は元より佐助との力比べがしたかっただけだ。拉致られはしたが、自身に危害を加える意図はなかった。なんと説明するべきか。
気まずい空気にお互い無言になっていると、どこからか聞こえる叫び声と葉擦れ音…――
――まー!!
――さまー!!
――とーくーさーまー!!!
ガキーーーン!!
「主様!?」
突如現れた何かが信繁に切りかかった。信繁は瞬時に自身の刀で受け、相手を弾き返すが、相手は宙返りし地面を滑りながら着地する。
「徳様!!無事ですか!?ええいっ!あんたら男どもが徳様に群がって力を用いていたぶりつけるとは…!男の風上にも置けん…!おまえら皆まとめて始末してくれるっ!!」
「…え!?嘘!?千代!?ま、待って…!」
どう見ても徳の侍女、千代だ。しかし、その千代は徳が止める間もなく、再び信繁へと切りかかる。
「…あんた、大谷の姫の知り合いか?」
「…っ!?やはり、徳様が何者か分かって攫ったのだな!?」
「千代!!お願いやめてっ…――!」
キーン!
「はい。そこまで。」
信繁と千代、二人の間に佐助と才蔵が止めに入っていた。
「…なんで俺まで。」
「おれに負けたんだから言うこと聞きなよ。」
「……え…、佐助、にいさま…?」
「………千代、お前まだ思い込みが激しいの治ってなかったの?」
信繁の刀を苦無で止めた佐助は千代を振り返る。才蔵に受け止められた千代の刀が手からするりと落ちた。
「…え?」
「は?」
「…。」
雨はすっかり上がったが、夏虫たちは息をひそめたままだった。
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