第15話 じゃじゃ馬姫のお願い(2)

「…そもそも、なぜ力や知識が欲しい?」



 蝉の鳴き声さえも聞こえない、とでもいうように静まり返った徳と信繁の空間。その生ぬるい空気を裂いたのは、信繁の淡々とした声だった。


「え、なぜかって…。」

「城の者が力の覚醒方法を教えきれなかったのはしょうがない。しかし、姫の様子からして、姫に戦の状況なども伏せていたのだろう?それは姫を思ってのことじゃないのか?」

「…そう、ですね。でも、私、大事に大事にって箱に入れられて外から守られるだけって嫌なんです…。」

「嫌かもしれないが、あんたにはそれしか選択権がない。違うか?」

「……。」

「力を覚醒させれば、嫌でも力を発揮する舞台に立たされる可能性がある。それに、戦の情報が多ければ多いほどその戦へ関わってしまう危険性もあるんだ。知らず存ぜずでいたほうが安全だと思うが。」


 いつのまにか重くなった空気に、徳は思わず顔を伏せる。

(確かに、そうかもしれない。…でも、せっかく家族が出来たんだもの。私だって…――。)


「…そうだとしても、私の人生は私が決めます。みんなが私を守ろうとしてくれるのであれば、私だって一緒です。私もみんなを守りたい。私、守られるだけの、そんな姫は嫌なんですっ…!」

「……。」

「……。」


 信繁の冷たい瞳が徳を射抜く。何を考えているのか分からないまっすぐな瞳が…――



ふぅ


 ため息とともに地面へと伏せられた。そのため息を皮切りに、信繁は興がそがれたとでもいうように胡坐をかき、両手を後ろについて天井を見上げる。

「あー…。」

「…の、信繁様?」

 一体どういうリアクションなのか判断に困った徳は、恐る恐る信繁に声をかける。――と、


「大谷の姫は見かけによらず本当にじゃじゃ馬のようだな。」


 信繁は体勢はそのままで、顔だけを徳のほうへと向けた。その顔は先ほどの冷たく感じられるような表情ではなく、今度は温かみを帯びた、やわらかくも少しからかい交じりのような微笑を浮かべている。


「…いや、姫としてはこれぐらい肝が据わっているほうがいいのかもしれないが…。……力を覚醒させることは吉継殿も望んでいるのであったな。」

「あ…、はい!」

「今後いろいろな知識を得ることで危険な状況に陥る可能性もあるが、それでもいいのか?」

「…はい。」



「――俺が吉継殿にどやされるだろうな…。」

「…?」


「……覚悟が決まっているのであればよい。俺的にもあんたは力の制御が出来たほうがいいと思うし、最低限の知識も必要だと思っている。」

「…へ?…反対していてのあの反応だったんじゃ…。」

「いや、逆だ。あまりにも知識がなさすぎるゆえに危機感や警戒心が皆無というか…、今のあんたは危なっかしい。…だが、知識については必要最低限だ。戦場いくさばに首を突っ込んでほしいわけではないからな。」

「はい…。ありがとうございます。」

(危機感と警戒心が皆無って…。そんなに…?)


「危機感と警戒心皆無ってそんなにか?って顔をしているな。」



ギクッ



「いっ、いえ!」

「…あんたは自分が思っている以上に危険な状態だと把握した方がいい。……まず、俺たちに出会ったときすぐに名を答えたな。『敦賀城つるがじょうに住んでいる大谷徳』だと。同じ秀吉様の家臣である豊臣派閥の大谷と真田だったから良かったものの、最後まで豊臣と敵対していた家であれば、あんたは良いように使われたかもしれない。秀吉様が天下を統一したといっても、まだ統一直後で秀吉様をよく思っていない国もあるからな。」

「え…。」

 徳は言われたことを理解するとサーっと一気に血の気が引いた。

(た…確かに…。もしかしたら人質とか、最悪すでに生きていなかったかもしれない…、ってこと…?)




「――…それに、あんた力は武将並みにあると言ったが、それがダダ洩れだ。」


 血の気の引いた徳に信繁の第2撃が放たれた。

「力は制御して一般的な量まで抑えるのが通例だ。だが、あんたはその膨大な力を遠慮なく周りへと放出している。普通に考えると『自分に勝てるものなら喧嘩しかけてこい』と同じ力持ちを煽っているか、力を持っていない者たちを怖気づかせるためにしているのかのどちらかだかとしか考えられん。」

「えっ!?わ、私が喧嘩をうっているか、怖気づかせているかのどちらか…?」

「あぁ。…力持ちではない一般人にとっては同じ力持ちのようにはっきり相手の力を把握は出来ないが、力を感覚で感じ取ることができるんだ。だから、なんとなく怖いとか、近づきたくないとか、そんな感じだろう。」


「……。」

(…といういことは、松さんとか、千代とかと一緒に過ごしていたけど、私は二人を怖がらせていたかもしれないってこと…?もしかして、市で遠巻きに見られてる気がしたのって、髪色じゃなくって、私の力のせい…?)


 守りたいと思っていた人たちに自身の力が悪影響を与えていたと知り、ショックがでかい様子の徳。

 名乗りの件にしかり、力の件にしかり、徳は確かに無知だった。危機感と警戒心が皆無と言われても言い返せないレベルで。

 正座をしていた徳は、ガクッと両腕をついてその場で項垂れた。その周りの空気は重い。あまりの落ち込み様に、信繁は狼狽える。

「…ど、どうした?大丈夫か?」




――ガバッ

「(ビクッ!)」

「――…やっぱり、私には知識が必要です!」

「…あ、あぁ。」

「お願いします!私に力の制御方法と、姫としての役割など諸々を教えてください…!」

「…姫にとっては厳しいものかもしれないぞ?」

「だ、大丈夫です!どんな事があってもめげません!」

「…よかろう。では、とりあえず…。

――…あんたが作ってくれたみたらし団子、そろそろ喰ってもいいか?」

「あ!ご、ごめんなさい!どうぞ!」



















 団子を食べた信繁は、大いに砂糖醤油のみたらし団子を気に入った様子だった。その姿は普段大人びて見えていた信繁を年齢相応に見せ、失礼だが可愛らしいと思ってしまったのは内緒だ。



「じゃあ、今までやってたような練習を見せてもらってもいいか?」

「はい!」

 やっと人に教えてもらえると、徳は一気に信繁に気を許していた。こういったところが危機感や警戒心が皆無だといわれる一因だと気づかない徳は、言われた通りにいつものようにガラス玉を掌に転がし集中する。――が、これまたいつものように何も変化は現れない。


「…と、まぁ、こんな感じでして…。」

「…。」

「全く力を感じ取ることもできなければ、うんともすんとも言わないので、行き詰ってました…。」

「…吉継殿からは、あんたの力について何か話はなかったか?」

「覚醒すれば、どっちの力かわかる的なことは言われました。」

「……おかしいな…。」

「…?えーっと…、やり方間違ってました?」

「いや、その方法は力を覚醒させるための訓練として一般的なやり方ではあるのだが…。」

「…あ、これで良かったんですね。…今まで全く反応もないので、もはややり方が間違ってるんじゃないかって思ってきちゃったりしてて…。」

「……力があんたの指先からガラス球に移動しようとする際に、ガラス玉に反発するように力が体内に戻っていっている…。」

「へ?」

「いや、俺も他人の力の流れをはっきりと見れるわけではないんだが…。すまん、もう一度やってもらってもいいか?」

「は、はい!もちろん!」

 徳は再び瞳を閉じてガラス玉へと意識を集中させる。自分の中での力の動きなどは全く感じられないのだが…――。


「…やはり弾かれている…。というよりは体外へ力が出ないように扉が閉まりきってる…、というような印象だな…。」

「…それって、制御は出来ているってことですか?」

「いや…。現段階では体内の力の流れを動かすことができる、ってだけだな。」

「…そう、ですか…。こういう場合はどうしたら良いんでしょうか?」

「俺もこんな事初めてだし、聞いたこともないからな…。そもそも、覚醒前にそれだけ力が溢れているのもおかしいんだ。」

「え?そうなんですか?」

「あぁ。…普通は少ない力から、とは言っても、力持ちで無い人よりは断然多いのだが…。まぁ、それぐらいの量から覚醒後に一気に増えて、制御や鍛錬などの努力によってそこからまた増えていくものなんだが…。あんたのそれは、すでに覚醒後何年も鍛錬しているかのようだ。」

「え、そんなに…?。…でも、それ使えなかったら。」

「宝の持ち腐れだな。俺の立場なら、だが。…しかし、体内で流れを動かすことは出来ているから、無駄になっているわけではない。この訓練は続けよう。」

「はい…。」

「あとは、その力をもう少し抑えきれるかだが…。体内で力を感じ取ることは出来るか?こう…、体の中心から何かが湧き出るような、体内を何かが廻っていくような感覚なんだが…。」

「…それが、まったく無いんです…。無です。無…。」

 徳はまた正座の状態で両手を地面につけて項垂れた。


「…あれ…?…体内を廻る…?、…そういえばこの場所に移動する直前、身体の中をどくどく何かが廻る感じはあったんです…。」

「移動する前に…?」

「はい…。寝ようとしてたら急に…。」

 信繁が顎に手を置いて考え込んだ。その瞳からは何を考えているのかは読み取れない。


「…そうか…。俺も色々と調べてみよう。あんたはこのままガラス玉の訓練を続けてくれ。」

「あ、はい…。あの…。」

「?」

「…私の力が漏れれて、信繁様や佐助さんは怖いとか、近寄りたくないとか思わないんですか?」

 そう伝えると。信繁はあのきょとんとした表情を見せた。


「俺らは大丈夫だ。力に当てられることは慣れている。だからそんな顔するな。」

 思わずしょぼくれた表情を見せた徳に、信繁はあたたかな笑顔を浮かべ、頭を撫でた。

 佐助が言うように意外と面倒見がいい信繁に、徳は申し訳なくなるのと同時に胸の奥がムズムズするような、初めて抱く感情が見え隠れして戸惑う。


「あんたも疲れただろう。今日はこれまでにして、続きはまた明日にしよう。」

「はい…。信繁様、本当にありがとうございます。」

「これも何かの縁だ。よろしくな、大谷の姫。」

「はい。むしろ、こちらこそよろしくお願いします。」


 朝から佐助と市に出かけたり、料理をしたりといろいろなことをしていたため、気づけばなんだかんだ時間が過ぎ、日も西に傾いていた。


 いつも見る夕焼け空がいつも以上にきれいに見える。襖障子から、日中太陽に温められていた生暖かい風が徳の頬をかすめたが、意外にもその風は心地よかった。

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