第16話 ハイスペックメンズ

「へぇ。じゃあ姫さん、主様に色々教えてもらうことになったんだね。」


 


 先ほど真田屋敷で摂る初めての夕食が終わった。しかし、信繁も佐助も部屋を離れないため徳もそのまま部屋に残っていた。

「はい。力を覚醒させたいのもありますが、色々と知識と言いますか…、常識が足りていない部分もあったようでして…。」

「はは。そうだね。相手が誰かも分かんないのに、すぐに大谷ですって言っちゃうとことか特にね。」

「……あはは。そうですね…。」

 今思えば笑えない。徳は思わず頬がひきつる。


「まぁ、今日は疲れたんじゃない?風呂にでも入ってすっきりしなよ。桶も買ってきたし。」

「桶?」

「そうそう。だって、敦賀城つるがじょうでは温泉が湧いてて毎日湯に浸かってたし、湯で身体を流してたから蒸し風呂は嫌だって姫さんが言うからさぁ。」

「ちょっ!言ってません!言ってませんよ!ただ、お湯で流さなきゃお風呂に入った気がしないんじゃないかって聞いただけでっ…!」

「一緒じゃーん。だから大きい桶買ってきたんですよ。」

「へぇ。温泉か。一度は敦賀城つるがじょうに行ってみたいものだな。」

「うらやましいよねー。ってなわけで、大きめの桶に湯を張ってかけ湯でもしてもらおうと思ってね。」

「…湯は誰が作るんだ?」

「もちろん主様でしょ。おれ夜はやることいっぱいあるし。」

「…。」

「…。」

 信繁がニコニコと笑顔を浮かべる佐助をジト目で睨んだ。

主従関係であるはずなのに、これは明らかに従者が主をこき使う図だ。


「あ、いや、別に湯を沸かさなくても…」

「はぁ。…大谷の姫、風呂の支度をしてこい。」

「いや、本当にご迷惑でしょうし…、」

「いや。あんたは迷惑ではない。気にするな。こいつの主人使いが荒いだけだ。」

「何を仰りますかー!こんなにも主様に仕えているのに。」

「うるさい。お前は片付けしてろよ。」

「もちろんですとも。」

「……はぁ。」

 先ほどから言葉の最後にハートがついているようなしゃべり方をする佐助と、どこか疲れた様子の信繁。――やはり、この二人は主従関係に見えない…。













「ここが風呂場だ。」


 敷地内と言えば敷地内だが、屋敷とは繋がっていない、離れ小屋のような場所に移動してきた徳と信繁。桶は事前に佐助が風呂場に運んでくれたようだ。

 風呂小屋の中は天井近くに小窓はあるが、そこを開けても月明かりは少ししか入らないようで中は薄暗い。慣れた様子で信繁は中へ入ると、スッスッスと手で色々な形を作ったと思え風呂場の角へ息を吹きかけた。するとそこにあったともあぶらに火が灯る。

「え、ぇえ!?の、信繁様!?」

「なんだ?虫でも出たか?」

「いや、違くて、…信繁様も忍術が使えるんですか…!?」

「あぁ。なんだ、そんなことか。…佐助ほど豊富な術が使えるわけではないが、火や水を操る類のものはある程度は出来るな。……だから、俺が湯を張りに来たんだろう。」

(…あぁ、なんだ…って!――美少年で、忍術も使えるとか…スペックの高さがエグいな…。)


 信繁があまりにもハイスペックメンズであることに徳が驚いていると、またもやスッスッスと信繁は手でいろいろな形を作る。いわゆる印だ。最後に両手の指を組んで手のひらを合わせる。すると――




ゴボッ




 直径一メートル以上はある大きな桶の中央からゴポゴポと勢いよく水が湧き出でてきた。大きな桶にも関わらず、あっという間に淵まで水が溜まり、立ち上がる湯気がその液体がお湯であるこを証明している。


「す、すごい…」

「湯の温度を確認てくれ。今なら調節できる。」

 そう言われ徳はおずおずとお湯に指を浸す。熱すぎず、冷たすぎずで、本当にいい湯加減だ。


「…ちょうど良いです。…佐助さんも言ってましたが…、信繁様って本当にすごいんですね…。」

 今朝初めて佐助の忍術を見た時も驚いたが、忍ではない信繁までもこうも器用に忍術が使えるとは。

「いや…、単に俺はチャクラ制御が得意な方ってだけで…。」

「で、でも、戦国武将のチャクラ量ともなれば、印を結ぶのは難しいって佐助さん言ってましたし…。」

「……湯が冷めてしまうぞ。早く風呂に入れ。…おれは外で見張っておく。」

「あ、はい。……はい?」

 そそくさと風呂場から出ようとする信繁だったが、徳の疑問符に動きを止めた。


「…すまん…。…本来ならば風呂の世話も侍女がしているのだろうが、さすがにそこまでは出来ん…。申し訳ないが身体は自分で洗ってくれ…。あと…、外での見張りは俺で我慢しろ。」

「なっ…、そこじゃないです!!何言ってるんですかっ!…全てにおいて一人で大丈夫ですからっ!!そうじゃなくて屋敷の中にお戻りくださいっ!!部屋にも自分で帰れますっ!」


 何を勘違いしたのか、信繁の発言に徳は顔を真っ赤にさせて頭をぶるぶると振った。

(身体を洗わせるなんて、そんなの敦賀城でもさせてないのに、信繁様にさせるわけがないじゃないっ!!それに、信繁様が見張りだなんて申し訳ないし、私も落ち着かないっ…!)


「…いや、敷地内とはいえ女子一人で風呂に入っているのだ。ここを離れることは出来ん。」

「大丈夫ですっ!気にしないでくださいっ!」

「……はぁ。…姫の常識を知りたいのだろう?…姫は一人で風呂には入らん。外で侍女が待機しているのも当たり前だ。風呂に入っている間にあんたに何かあったらどうする。」

「いやっ!で、でも…!」

「……。」

「…………はい…。お願いします…。」



 徳は信繁の無言の圧力に負けた。気になるなら離れて見張っていると信繁に気を使われたが、それもそれで申し訳ない気がして、信繁はそのまま風呂場の外の桜の木の下で待機してもらうことになった。















 大きな桶に張った湯を手桶で掬い、体にかける。やはりお湯は良い。昨日からいろいろなことが起き過ぎた。思った以上に徳の心も体も疲れていたようだ。信繁が外にいるため落ち着かないと思っていた徳だったが、真田屋敷の風呂場の檜の香がお湯との相乗効果をもたらし、凝り固まった徳の身体をほぐす。

(あれ?そういえば…――)


「信繁様…、聞こえますか?」

「……………………はぁぁぁ……。なんだ。」

「あまり、妖の姿を見ない気がするのですが…?」

「…妖?」

「はい。市でも一度も見なかったので…。あまりここには住んでないのですか?」


 そう。敦賀城つるがじょうでは当たり前に存在していた妖の姿が見当たらない。この屋敷には信繁と佐助の二人しかいないと聞いてはいたが、市でも妖らしい姿を見なかったのだ。



「……太古の昔、人と妖は共に生きていたとは聞くが、今は人の里と妖の住処は別になっている…。お互いがお互いを敵視しているからな。」

「え…。」

 思わず徳は髪を梳いていた手が止まった。

(――どういうこと…?敦賀城つるがじょうには当たり前に妖がいたし、城にいる人たちもそれが当たり前みたいに接していたけど…。それは普通ではないことなの…?。人と妖が敵対しているって…――。)


「…姫の言い方は、普段から妖と関わりを持っているような言い方だが。」

「いや!あの…っ!」

「…まぁ良い。他の者には間違っても言うな。」

「…はい…。あの、信繁様は…。」

「俺は聞かなかったことにする。






――…はぁ。やっぱりあんたには知識が必要だ…。」

 


 信繁の最後の言葉は徳の耳には届かず、夏夜の空気の中に消えていった。

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