第14話 じゃじゃ馬姫のお願い(1)
「ただいま戻りましたー。」
「戻りました。」
「って言っても、主様はまだ帰ってきてないだろうけどね。」
「…信繁様はどちらに行かれたんですか?」
「うーん…内緒。ってのは冗談で、おれが言って良いのかわかんないから本人に聞いて。」
「…え…。…いえ、やっぱり大丈夫です。」
「そーお?ささ、子猫の様子でもみて信繁様の甘未作るか。」
先ほど、買い物先で徳が「必要ない」とどんなに主張しても「良いって良いって。」などと言いながらいろいろなものを買い占めた佐助に、徳は大いに振り回されたのを思い出す。
(…掴みどころがないというか…)
荷物を持ちながら、音もなく廊下を進んでいく佐助の背中を眺めながら、徳は何とも言えない感情でその背中を追いかけた。
にゃー
「おー、偉いね。そのままここに居たんだ。」
「ほんとだ…。猫ちゃんただいまー。」
「この子猫飼うの?」
「うーん…、人様のお宅で猫を飼うっていうのも気が引けるんですが、餌も与えちゃったし…。住み着いちゃうようなら私が責任持って世話をしようかなと…。」
「主様も飼っていいって言ってたんだし、人の家とかは気にしなくて良いんじゃない?それに、子猫居た方が姫さんは気が紛れるでしょ?」
「まぁ、そうかもしれませんが…。うーん…いいんでしょうか…。」
「良いの良いの。まぁ、餌あげようって言ったの俺だけどねぇ。」
そう言いながらはっぱをひらひらと動かして子猫とじゃれあっている佐助。
(…本当につかみどころがない…――)
子猫と遊んでいる佐助をぼんやりと眺めながら、徳は先ほど心に決めたことを今一度頭の中で反芻した。
(こんなこと頼める立場ではないのは承知の上…。だけど、城に帰っても聞ける人がいないんだから、むしろ今がチャンス…。)
「よし!佐助さん!甘未作るので、
「お、はいよー。」
子猫と遊んでいた佐助は手を止め、徳を振り返る。なんだかんだ佐助のことをつかみどころがないと思いながらも、気を許していた徳だった。
「どうでしょう!」
「おー。団子だね。」
「はい!みたらし団子です!」
「みたらし団子?みたらし団子って醤油味じゃないの?」
「え?みたらし団子は砂糖醤油じゃ…?」
「いや、初めて聞いたかな。砂糖醤油のみたらし団子かぁ。
「ま、まぁ。今までずっと砂糖醤油でした…。基本は醤油だけなんですか?」
「そうだねー。結構おれ各地行くことあるけど、砂糖醤油は聞いたことないなぁ。砂糖なんて高級品だしさ。…あぁ、そっか、吉継殿の愛娘だもんなぁ。吉継様、娘に滅茶苦茶甘そう。」
「いや…。というか、お砂糖使ってもよかったんですか?高級品って…。」
「別にいいんじゃない?主様が台所のもの勝手に使っていいって言ったんだし。」
「…え…。…なんか、佐助さんと信繁様って主従関係っていうか、兄弟とかお友達みたいな感じですね…。」
そう伝えると佐助はきょとんとした顔をする。そう。2人はリアクションもそっくりなのだ。
「あー、まぁ、出会いが出会いだったし、主様って身分振りかざす感じとかは好きじゃないからね。」
「へー…、そうなんですね。クールだし、馴れ馴れしくしちゃうと、怒っちゃいそうですけどね。」
「くーる?」
「あ、なんというか、冷静っていうか、大人びているというか…。」
「あー、確かにね。基本主様は他人に無関心なところあるっていうか、淡々としているからそんな感じに見えるのかも。でも意外と主様って気になった人とかにはめっちゃ首ツッコんでくるよ。面倒見がいいというか。良すぎというか…。そんでもって、主様は姫さんのこと…――、」
ガラガラガラ
「お、噂をすれば主様帰ってきたね。」
ギクッ
丁度みたらし団子を作り終わったタイミングで信繁が帰ってきたようだ。徳は図々しくも、刺客ではと疑われながら居座らせてもらっている立場で、信繁に懇願したいことがあるのだ。徳は心の中で自身に活を入れる。
(…よし!頑張れ、徳!女は度胸だ!幸せ実家生活のため頑張れ!)
「お帰り主様ー。」
「お、お帰りなさい。信繁様。」
「なんだ、2人そろって台所で。何か作ってたのか?」
「そうそう。姫さんが主様へ。」
「俺に?」
「んじゃ、姫さんのことは主様に任せて、俺は俺の仕事してくるよー。」
「ちょ、え?佐助さん?」
「じゃぁねー。」
「…。」
「…。」
「あ、あの…、実は、みたらし団子を作りまして…。」
「みたらし団子?」
「はい…。あ、でも、私が知ってるみたらし団子と佐助さんが知ってるみたらし団子が違っていまして…。お口に合うか…。」
「大谷の姫がわざわざ作ってくれたのだろう?いただくよ。」
そう言い、信繁は目じりを下げ雰囲気を和らげ笑顔を作った。
「……。」
(…信繁様ってこんな顔もするんだ…。)
「…?大谷の姫?」
「は!いえ、なんでもありませんっ!…お疲れですよね!お部屋にお持ちしますので、お部屋で寛いでいてください!」
「別に疲れてないからよい。茶を入れて共に向かおう。」
「…あ、はい…。」
信繁の笑顔に当てられ、思わず徳の頬は熱くなる。見てはいけないものを見てしまったような感覚になり、動悸がとまらない。
気持ちを落ち着けようとそそくさと信繁に背を向け、存在を消すように団子を皿に移す徳。その横では徳の気持ちなど露知らず、信繁が慣れた手つきで茶を入れるのであった。
◇
おやつを手に奥の書院へと移動する。この部屋は割と広めの全面床張りの部屋である。居間的な感じで使っているようだ。襖障子を全開にすることによって風が通り、夏場でも涼しい。
地球温暖化が始まっていないのか、はたまた高い建物がないので風通しが良いためか、暑いっちゃ暑いがエアコンなしでも生活が苦ではない。
「確かに俺が知っているみたらし団子と違うようだ。トロッと輝いているな。」
「はい。砂糖醤油で味をつけたので、とろみがついておりまして…。」
「砂糖醤油?」
「はい。私が今まで食べてきたみたらし団子は砂糖醤油だったので…。」
「なるほど…。まさに甘未だな。気を使わせてしまったか?」
眉を下げながら微笑をこぼした信繁はやはり美しい。意外と信繁は笑う人なんだなと思いながら、徳は焦って返事を返す。
「いえ!そういうわけではなくって、私が作りたかったというか、感謝の気持ちといいますか…。」
「感謝?」
「はい…。…気を使っていただいたり、今日もいろいろ買ってくださいましたし…。」
「別に気を使ったわけではない。大谷の姫なのであろう?それが本当なら必要な生活用品はそろえておくべきだ。…それに、姫だと主張しているあんたに侍女のような作業をさせているのだ。むしろ、憤慨して罵られてもしょうがないとも思っているがな。」
「えっ!?罵るなんて、そんな!…むしろ、私がスパイ…えーと、つまり間者とか、どっかの回し者だと怪しんでいながらも置いてくださっているんですよね…。考えてみたらいつ寝首を掻かれるんじゃないかと気が気でないんじゃと。…それなのに、屋敷においていただいてるので、いろいろ考えたら申し訳なく思って…。」
「寝首を掻く?」
「はい。」
「あんたが?俺に?」
「え、ハイ…。」
「ぷッ、…ははは!」
「…な、…なんで笑うんですかっ…!」
真剣に話していたのに、可笑しそうに笑われてしまって戸惑っているという理由が1割。信繁の笑顔が眩しすぎてドギマギしてしまうというのが9割を占め、徳はうろたえる。…のと共に一気に赤面した。
(し、心臓がうるさい…!)
「――いや、すまない…。俺は別にあんたに寝首を掻かれるんじゃないかとかは考えてはない。」
「え…。でも、素性が分からないと城へ文を出してはくれないと…。佐助さんも私の行動を見張ってるし…。」
「佐助のことは気にするな。…確かにそうは言ったが、…そういう理由ではなくてだな。…あんたの様子を見る限り間者や刺客ではないとは思っている。佐助もそうだ。――…だが、あんたが言っていることが事実なら、どうやって城から離れたこの場所に一瞬で移動したのかとか、本当に大谷吉継殿の娘なのかとか、あの時の力はなんなのか、と引っかかることがあってな。分からんことが多いから、そこがもう少し確証を得て文を出さなければ。間違えれば家同士の争いになりかねん。」
「え…、争い…、ですか?」
「もし、あんたが仮に大谷の姫でないとして、姫を預かっているという文が届いたら吉継殿はどう考えると思う?」
「あ…、」
「姫を標的に何かが企てられていると思案するだろう?」
「…。」
「逆に本当に姫だとして、俺らが誘拐したとも思われかねん。」
「なっ!それは違います!」
「姫がどんなに主張しても判断を下すのは吉継殿だ。まぁ、少し様子を見るさ。」
「……巻き込んでしまってごめんなさい…。」
今になってとんでもないことに巻き込んでしまっていることに気づいた徳は、自身のお願い事など言いだす余地もない。
見ず知らずの厄介者を受け入れてくれている信繁と、疑いの目を向けつつもフレンドリーに接してくれる佐助のことを思い出すと、徳はこの場に居ることさえも申し訳なく思ってしまう。
(…なんでここに来ちゃったんだろう…?なんでこんないい人たちを巻き込んでしまったの…。これ以上迷惑はかけたくない…。…でも…、)
「……信繁様と佐助さんのことは何が何でも絶対に守ります。私が父上様を説得します。だから…――
(私には、家族の幸せも捨てられない。)
ここに置いていただいている間で良いので、
「…は?」
徳は強いまなざしで信繁の瞳を真正面から見つめた。
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