第13話 じゃじゃ馬姫は吹っ切れる

「遅かったな。」



 あの後、佐助の存在に気づいた徳はなんとか気持ちを持ち直し、うっかり一緒に連れてきてしまった子猫を佐助へと紹介した。そして食べれるかも分からないが徳の朝食であった鮎を少しだけほぐして子猫へと与え、待たせてはいけないと食事の場へと移動し、意を決して入った部屋での信繁の第一声がそれである。



「すいません。姫さんが屋敷で子猫を見つけて来たんですよ。その子の世話をちょっとばかし。」

「あぁ、あの猫か。」

「え?主様知ってんですか?おれ、子猫のことなんかわかんないから適当に魚あげてみたんですけど、大丈夫だったかな。」

「俺も子猫については詳しくないな…。」




(……うん…。……信繁様、普通…。)

 信繁とどのような顔で対面すればいいのかと部屋に入るまで緊張していた徳だったが、あまりにも信繁が何もなかったかのように会話をしているため、徳は肩透かしを食らった気持ちになる。


「大谷の姫が飼いたいのであればこの屋敷で飼ってもよいが、面倒は見てもらうぞ。」

「ぅえ!?あ、はい。ありがとうございます。」

(……じゃなくて!)




 先ほどのことを引きずっていた徳は、急に話しかけられ声が裏返ってしまったが、あまりにも信繁が平然としており逆に驚いてしまう。

(…いや、待てよ、もしかしてこの時代って「傷なんて舐めときゃ治る!」的な感じなのかな。だから、信繁様も特に他意はなくあんな行動を…。治療のため…?)


いや、どんだけ~!!!!

 

(どぎまぎした私がばかみたいじゃん!ってか、ほんと、自分のならまだしも他人の血とか触っちゃダメですよ!信繁様!…いや、自分のもダメか。不衛生だ。)


 一瞬にして冷静になった徳は、むしろ信繁の女性への距離感の方が心配になるのだった。







「ささ!冷めちゃうからご飯にしよう。主様、これ、ほとんど姫さんが作ったんですよ。すごくない?」

「…鮎はお前だな。」

「もちろん。鮎は必須でしょ。あ、特に毒とか入れてる様子なかったから大丈夫だと思いますよ。」

「え?」

「…そういう心配はしていない。」

「はいはい。」

 信繁が眉間を少し寄せ答え、佐助は相も変わらず本音の読めない人のよさそうな笑顔を浮かべた。


「大谷の姫、こいつの発言は気にしないでくれ。」

「あ…、はい…。」

(……なるほど…。)

 なぜ早朝徳が台所に来た時にタイミングよく佐助が現れたのか徳は理解した。そういえば刺客として疑われているんだったと自身の立ち位置を再認識した徳は、疑われていることに悲しむというよりも、


(…それって…)


「…今まで、毒を入れられたりした事があったんですか…?」


 徳の質問に、珍しく信繁と佐助はきょとんとした表情を浮かべる。

「…こんな時代だからな。」

「これでも主様って真田家の次男だし。昔っから才能やばかったからね。」

「ただ単に存在が邪魔だっただけだろう。…まぁ、最近は落ち着いた気もするが…。」

「あれ、主様が一番やばかったのあの時だよね。」

「黙れ佐助。」

「いや、ほんと、俺仕えたばっかだったから、そんなやばい世界に居たの?ってほんとびっくりしたんだけど。……姫さんは無縁の世界だったのかな?」


 佐助の視線に徳はびくりと肩を揺らす。

(…そうだ。今は戦国時代なんだ…。父上様は豊臣秀吉の天下統一のための戦に出ているけど、それは死ぬか、生きるかの話…。)


 悪役令嬢になることを阻止すれば家族と共に生きていけると。恋愛云々を避け、婚約などをしなければ家族と幸せに過ごせると思っていた徳は、一気に胸中が冷や水にさらされる。



(この時代の人々は死が近い)

 いままで命が奪われる危険性など日常生活で感じたことなかったし、考えたことがなかった。戦についても理解していたつもりで徳の認識は甘く、急に父の安否が不安になる。


(あぁ、…だからか…)

 父親からの手紙はわりと頻繁に届いていたが、元気だということと、ご当地情報などの話ばかりで戦については書かれていなかった。

(父上様は…、わざと血なまぐさい話を避けてたんだ…)


 敦賀城のみんなは、誰も戦については教えてくれなかった。

(私を不安にさせないように…、心配させないように…)




「まぁ、そんな話は置いといて、ご飯食べよう!」

「あ、はい…、すいません…。」

「お前が言い出したんだろう…。」

(信繁様だってそうだ…。私が命を狙いに来た暗殺者とか、スパイかもしれないと思いながらも、信繁様は私をこの屋敷においてくれているんだ…。)


 先ほどまでお腹がすいていた徳だったが、初めて自分ひとりで作った料理もあまり喉を通らなかった。












「あー、おいしかったー。ねぇ、主様。」

「ああ。美味うまかった。朝から悪かったな。」

「…いえ、お粗末様です。」


 食事を摂っている最中、意外にも二人ともおいしい、おいしいと異常に徳を褒めちぎた。徳をあからさまに疑っている佐助からもそのような反応をされて、本音なのかと疑いたくはなるが、そんな二人の明るさに合わせて徳も気丈に振る舞い、なんとか食事を完食した。


「夕餉はおれが作るよ。姫さんも毎回作るの大変でしょ?朝だけお願いしてもいい?」

「え、っと…。むしろ…、私、作ってもいいんですか?」

「気にするなといっただろう。面倒なら佐助にやらせろ。」

「いえ!置いていただいているのに何もしない訳には…。…じゃあ、朝だけ…。」

「決まりね。姫さん、おれ鮎好きだから、鮎は毎朝食べたい。」

 

 あんなに疑いの目を剥けている佐助が食事作りに肯定的な反応を示すことに徳はやや戸惑う。好意的なのか、敵意的なのか…。考えが読めない。

「…信繁様は好き嫌いありますか?」

「…。」

「…?」

「はは!主様は甘未が好きなんだよね。子供舌だから。」

「うるさいぞ佐助。」

「…そうなんですね。作れそうなものがあれば今度作ります。」

 やや照れた表情を浮かべ、プイっとそっぽを向いた信繁に初めて親近感がわく。


「…無理はしなくてもよい。――そうだ、大谷の姫殿。佐助とともにいちに出て必要なものを買ってくると良い。」

「へ?」

 思いもよらない発言に、徳は反射的に間抜けな返事が出た。


「ここで生活するのに必要だと思うものや、着物も買ってこい。小袖はすぐには仕上がらないと思うから、それまでは佐助の女物を借してもらえ。」

「え。」

「いやっ!姫さん!そういう目で見るのやめて!仕事道具だから!仕事の一環で着てるだけだから!」

 思いもよらない発言が再び飛び出し、思わず徳は固まったまま視線だけを佐助へと向けてしまった。


(いや、…女装した佐助さん…。ガタイは良いけど、確かに美女かもしれない…。)










安いよ安いよー

兄さん!これどうだい!?今なら安くするぜ



「ほー。すごい…。これが市…。」

(時代劇とかで見るやつだ。みんなすごい活気…。)


 信繁に買い物をして来いと言われ佐助とともにいちに来た徳は、その賑わいぶりに驚いた。店や路上売りの出店が並んでおり、売り子が元気に客引きをしている。もちろん、日本家屋。呉服屋やら反物屋たんものや、油屋などの看板がかかっている。そして信繁や佐助、父の吉継がちょんまげじゃなかったため、特にヘアースタイルについて考えてなかったが、徳はここにきて初まげを目撃した。どうなっているのだろうかとまじまじと見つめてしまった。

 初めて見るものがたくさんあり過ぎて、佐助と二人きりだという気まずさも忘れ、徳はきょろきょろと周りを見渡すことに忙しい。ちなみに信繁は大事な用事があるとのことで共には来れなかった。


「市に来たのは初めて?」

「はい。…っていうか、城から出たことなかったから、外の世界見るのが初めてで…。」

「え!?嘘、城から出たことなかったの!?一度も?」

「半年前まで寝たきりだったので…。…すごい賑わってるんですね。」

 正確に言えば、半年前までほかの世界で生活しており、この前目覚めた、というのが正しいのだが。

(それにしても、私の髪色が珍しいから?…視線がすごい…。)

「えー、本当に?…主様も来れる日にすればよかったかな…。」

「…?」

「まぁ、いっか。主様の命だし…。」

「…?いつもこんなに賑わってるんですか?」

 あからさまな視線には佐助も気づいていであろうに、佐助は全く気にする素振りもなく、独り言ちながら歩みを続ける。

 それにしても、佐助との距離感がつかみにくい。徳を疑っているであろうに接し方があまりにも親し気なのだ。徳は視線をチラッと佐助へ向け、ゆっくり歩く佐助の横へ並んだ。


「まぁ、大体こんな感じだけど、最近は特にかな。秀吉様が天下統一果たしたからね。大きな戦が終われば市は賑わうってね。」

「え!?戦は終わったんですか!?」

「え?うん。一応ね。おれたちも半年前ぐらいに小田原征伐に参戦したけど、それで奥州も平定されたからさ。事実上秀吉様の天下ってわけ。おれたちはそれが終わってひとまず摂津国せっつのくにに戻ってきたけど、…そういえば小田原征伐では大谷吉継殿と同じ戦場いくさばだったよ。」

「父はまだ敦賀城に戻ってきてないんです!どうして!?…も、もしかして怪我とか…!?」


 先ほど、戦国時代という死と隣り合わせの世界にいるのだと認識を改めたことによって、父の安否に大きな不安を抱いていた徳は、思わぬ情報に佐助に勢いよく詰め寄った。

「ちょ!落ち着いて姫さん!いや、ここでは嬢さんって言おうっ!……じゃなくって、ちょっとお願いだから離れて!これはダメな気がする!」

 なぜか佐助が焦りだしたため、徳はとりあえず落ち着かなきゃと自分に言い聞かせ、思わずつかんでしまっていた佐助の小袖を放し距離を取る。握ってしまった佐助の小袖の襟はしわになっていた。思った以上に強く握ってしまったようだ。


「ご、ごめんなさい…。っでも!信繁様や佐助さんは帰ってきてるのに、どうして父上様は戻ってきていないんですか?」

「ふぅ…。…吉継殿は秀吉様の重臣だからさ。それに統一果たした後、奥州でまた一揆やら反乱やらが勃発したみたいだから、吉継様はそれにも参戦してるみたいだよ。――……でも安心して。その奥州での反乱も、もうそろそろ片付くみたいだし、豊臣軍には特に大きな被害はないみたいだから。吉継殿が怪我したとかの情報も入ってきてないし…。」

「…そうですか。…よかった…。」


 徳は食事の時から胸の奥にズーンとわだかまっていたものが少しずつ溶けていくような気がして、全身の緊張がほぐれる。

(…私はこの世界のことを知らなすぎる…。解ったつもりで何も解ってなかった。もっと自分の立ち位置や世界について知らなきゃ…。悪役令嬢を回避する前に、家族や周りの人が不幸になってしまうのは嫌だ…。)

 





「…なんか吹っ切れた?」

「え?」

「いや、朝餉の時から元気なかったからさ。主様も心配してたよ。」

「信繁様も…?そんなに分かりやすかった、ですか…?」

「うん。ズドーンって感じ。」

(いや、私はあまり感情が顔に出ないタイプなはずだけど…。この2人が鋭すぎるだけなんじゃ…)

「まぁ、元気が出たところで、パーっと買い物しよう!なんでも買っていいんだって。主様のお金だし、好きなの選んじゃえ。」

(…もしかして、私が暗かったから買い物してこいとか急に信繁様は言い出したのかな…?)

 信繁の気遣いや、疑いの目を向けつつつも、なんだかんだ優しく接してくれる佐助に、徳はここにきて初めて自然な笑顔がこぼれた。


 この後佐助のうまい誘導尋問によって、徳がお風呂について心配していることがあばかれ、桶屋おけやで大きめの桶と呉服屋で小袖を注文し、そのほか調味料など、お金は大丈夫なのだろうかと思うぐらいに大量に買い物をして真田屋敷へ帰ったのであった。

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