第20話 子弟

 ハッと目が覚めたエリオットは辺りを見渡す。

 真っ白い壁に真っ白なシーツ。見覚えがある。ここは…――



「目が覚めたか?」

「…レフラー?。」

「おい。今は教皇様と呼べと言っているだろう。」

「……教皇様…。…っ!…デイジーと、ジャックは…!?」

「ジャック・ベイク神父は左腕の骨が折れて全治1か月だな。治療班が治癒促進を行ったから骨はもうくっついるが…、しばらくは無理はしない方が良いだろう…。で、一緒に居た女の子は…――」




コンコン…





「…丁度いい。入ってくれ。」

「こんにちわレフラーさん…、…え!?エリオ神父っ!?」

 可愛らしい花束を持って部屋に入ってきたのは、今しがた話題にしていた少女、デイジー・ローズだった。元気そうなその表情にエリオットはほっと一息つく…が、…――

 その少女はエリオットと目が合うと、せっかくきれいに束ねられた花束をバサっと落とた。エリオットが疑問に思ったのも束の間、似合わない鬼気迫った表情でずんずんと大股で近づいてくる。


「エリオ神父っ!!」

「え…、…な…、なんだよ…。」


 珍しく声を荒げて、なぜか険しい表情で怒っているデイジーにエリオットは思わず委縮した。


「っ無理はしないと…!…約束したではありませんか…。」

「…!?」

 しかし次の瞬間、デイジーのアメジストの様な綺麗な紫色の瞳から、大粒の涙がこぼれだした。一気にエリオットは焦る。


「え!?なっ…、何泣いてんだよっ…」

「何てことするんですか…!?…あなたが死んでしまうかもしれなかったんですよっ…!」

「え…?いや、まぁ…。」

「…私のことなど、見捨ててもよかったのです…。応援が来てからでも良かったのです…。なのに、なのに…っ。」

「………泣くなよ…。」

 エリオットはなんと慰めればいいのか分からず、泣いているデイジーの頭を抱き、ポンポンと落ち着かせる。だいぶ心配させたようだ。デイジーの様子からして、もしかしたらデイジーは憑依されてからも見えている景色はベルゼブブと共有していたのかもしれない。

 






「…!?違うからな!手は出してない!」


 デイジーを落ち着かせようと頭を撫でていたエリオットは、不快な視線に気づき、バッとデイジーを放した。



「別に俺はお前がちゃんと仕事してりゃなんも言わんぞ。…ふ~ん。お前がなぁ…。お前も女の子に優しく出来たんだなぁ…。関心感心。」

 ニヤニヤとしながらエリオットとデイジーの様子を眺めている教皇レフラーにエリオットはイライラが止まらない。


「だから、――」       

「…エリオ神父は、いつも優しいですよ…?」

「ほ~う。」

「…!?…チッ…。何だよ、おっさん。顔がうぜぇんだよ。」

「おい。師匠に向かってなんだ、その口の利き方は。」

「はいはい。すいませんでした。教皇様。」

「え…?…きょ、教皇様…?」

「…………おい、レフラー…。」


 まさかとは思うが、面識がありそうなのに何も説明していなかったのか…


「そのまさかなんだよな~。すまんすまん。…俺はリヒャルト・レフラー。現教皇かつ、エリオットの師匠だな。」

「‼…っも、申し訳ございません、教皇様…!そうとは知らず、レフラーさんなどと…。」

「あぁ。いいんだよ、んなこと。こいつの親戚的な感じで見舞ってただけだし…。」


 デイジーが顔を青ざめプルプルと震えながら謝る。デイジーほど信仰心が強いと無理はない。なんてことしてくれたんだレフラーの野郎。


「デイジー、本当に気にするな。こいつはただの祓魔師エクソシストのおっさんだと思え。敬わなくてもいい。」

「いや、お前は敬え。俺の弟子だろ。」

 エリオットはおろおろとしているデイジーの背を叩いて落ち着かせる。デイジーはレフラーとエリオットの間をきょろきょろと視線を動かす。忙しい奴だ。


「大丈夫だから、そんな気にするな。…悪いが、少しだけ席をはずしてくれないか?このおっさんと話がある。」

「あっ、はい…。すいません。…今日はこれで失礼します。エリオ神父が目を覚まして安心しましたし…。」

「おい、さっきからおっさんおっさん五月蠅いぞ…。…デイジー君、看護師にエリオットが目覚めたと伝えてきてくれるか?で、あとで呼ぶからその時に部屋に来るようにと。君もそれまで待っているといい。こいつに話があるだろ?」

「いえ…、私は明日でも大丈夫です…。」

「いいから、いいから。待ってなさい。」

「あ…、はい…。」


 何を企んでいるのかは不明だが、レフラーの押しに負けて、デイジーはしばらくこのエクソシスト治療の専用機関である師団病院で待機するようだ。

 床に落とした花束を丁寧にソファの上に置き、部屋を出て行くデイジー。その後ろ姿を見守り、レフラーは指をパチンと鳴らした。すると一気に精霊の力が部屋の中に充満する。

 レフラーの精霊はグノーム、≪地の精霊≫だ。しかし、地の精霊でも、今使っているのは、外に音が漏れないように空気を歪める力だ。本来ならばジャックのジルフのように風の精霊が得意とする術。教皇というのは名ばかりではない。本来の精霊の根本元素の力だけではなく、応用していろいろな力を器用に扱うことが出来るのが、このレフラーが教皇たるゆえんだ。

 相変わらず精霊を扱うのが上手いな、とエリオットがこっそり心の中で思っていると、レフラーが静かに口を開いた。





「…俺が駆け付けた時にはベルゼブブは完全に消失していた。来るのが遅くなって悪かったな…。しかし…、…よくやった…。」

「…教会の掟を破って個人行動したんだぞ?…それについて罪を問わなくてもいいのか?教皇様?」

「まぁ、そうなんだがな…。俺が言えたことでもないだろう?だが、お前強盗したんだって?」

「あ?…強盗じゃねぇよ。むしろ向こうが得するぐらいの金渡したぞ。」

「問題はそこじゃねぇだろうが、馬鹿。」

「…悪かった。時間が無かったんだよ。」

「…はぁ…、で?……敵を取ったな…。これからはどうするんだ?やめるのか?祓魔師エクソシスト。」


 そう。エリオットはベルゼブブを祓ったら祓魔師エクソシストをやめると。それだけの為に祓魔師エクソシストになるのだとレフラーに言っていたのだ。

 エリオットは自身の右手に視線を送りながら身体に廻るヴルカンの力を見つめる。そして、ソファに置かれた花束へ視線を移した。


(…あまりにも現実味が無いな…。)



 自身の妹の敵であるベルゼブブはもう居ない。再び現れるとしてもあいつの序列的にも何百、何千年後になるだろう。


(…俺が|祓魔師≪エクソシスト≫でいる理由もなくなった…。)


 だが、あまりにも――



「…。」

「ん?なんか言ったか?」

「………いや、…このまま続ける、…かな…。せっかくヴルカンと契約して、この力を得たんだ…。祓魔師エクソシストである理由は無くなったけど、俺の様な思いをする人が一人でも減らしたい…。」

「そうか…。――…実は、お前に祓魔師エクソシストとしての目的をやろうと思ってここに来たんだよ。」

「……は?」


 意味の分からない話の流れに、エリオットは目の前の相手をいぶかしげに見つめる。うさん臭い満面の笑みを浮かべている男に嫌な気しかしない。




「…あの子、デイジー・ローズの特異さにはお前ももう気づいているだろう?」

「…。」




『…生まれつき、天使と悪魔の両方に好かれているみたいで…。』

(…あの言葉は本当だったのか…?)


 だが、天使と悪魔の両方に好かれるだけではなく…――


(…あの時、たしかに「神」が「デイジー」を助けたいと言っていた…)



「ちなみに、お前のオーバーフローを解消したのは彼女だ。」

「…は?」

「どんだけヴルカンの力を使ったんだよ…。ここの治療班がどんなに神聖力を注ぎ込んでもお前のオーバーフローを補うことが出来なかったのに、彼女が物の数秒で終わらせたぞ。」


 祓魔師エクソシストが、自身の実力以上に精霊の力を用いるとき、その代償として身体が著しく疲労し、人によっては数日から数か月も眠りこけることもあるのだ。目が覚めたとしても、身体が重かったり、すぐにうとうととしたりと仕事に支障が出ることもあるのだが、確かに、エリオットは今現在ピンピンとしている。


(――…精霊ヴルカンの力だけじゃない…、あの時、能天使エクソシアの力まで…――)



「一応、お前のオーバーフローは俺が解消したことにしているがな…。…エリオット、あの子は何者だ?」

「…。」

「…はぁ…。…まぁ、今は無理には聞かない。…だが、あの子はしっかりと見ていたほうがいい。」

「…?」

「…あの子の祖父であったギルバート・ローズ神父は、お前が今所属しているルミテス教会の教会大司で、尚且つ枢機卿の一人だった。」

「は?」

「…すごく腕もよくてな。だが、急に|祓魔師≪エクソシスト≫をやめたんだ…。誰しもが驚いたよ…。しかも、理由を誰にも伝えずに教会を去っていった…。あの時は教皇がイカレた野郎だったから、それが嫌で|祓魔師≪エクソシスト≫をやめたのかと思っていたが…。彼女のこと、誰にも言えず、一人で守っていたんだろう…。」

「…。」



 『前教皇』

 レフラーが力ずくで退けた人物は、貴族や権力者との結びつきが強く、不公平な対応や汚職が絶えなかった。その事実が明るみになる前に前教皇を排斥し、関わった神父にもそれなりの罰を与えたたため、人々はそんな悪行があったことなど知ることもなく、昔と変わらず教会の威厳を信じ、神に祈りを捧げに訪れている。


 エリオットは口では生意気なことを言ってしまうが、レフラーのことはそれなりに尊敬はしていた。しかし、出会った時に悪態をつきすぎて、今更素直な対応が出来ないのだ。

 レフラーが前教皇派と戦っていた時のことを思い出していると、再び真剣な瞳で真正面から視線を送られ、エリオットは違和感を覚える。この男がこのような表情をするのは珍しい。



「…まぁ、その話は置いておいて…、本題だ。」

「?」

「今回の旧ベルカストロ男爵邸だが、カーライトが調査していたのは知っているな?」


 『ヒースコート・カーライト』

 現枢機卿の一人で、エリオットが祓魔師になる際に、レフラーと共にいろいろ教えてくれた人物。教皇や枢機卿と親しいとあっては、人々に贔屓や優遇されていると思わる可能性があるため、そのことを知っている人物はいないが、エリオットにとっては兄の様な近しい存在だ。


「あぁ…。ベルカストロの館を壊そうとしたとき同席したのに、事故を防げなかったんだろう?」

「そう。そういうことになっている。」

「だと思った。カーライトさんがそんなヘマするはずないからな。」

「…お前は昔からカーライトには懐いているよな。」

「あんたにも懐いてるだろ?」

「じゃあ、せめて俺も呼び捨てじゃなくレフラーさんって言えよ。」

「で?ベルカストロの館がどうした?」

「おい。…はぁ…。…あの館は悪霊を祓っても毎度毎度湧いて出てくるような場所だったろ?ベルカストロ男爵家の呪いじゃないかっていう話もあってカーライトを派遣したんだが…。お前、あの建物にどうやって入った?」

「は?…どうやってって…。ジャックがピストルで窓ガラスを割って入ったけど…。」

「その時、何も感じなかったか?」

「何もって、…何を…?…随分と精霊の力をはじくな…、ぐらいしか…。」

「あぁ…、それはジャック神父も同じことを言っていたな。」

「…?何が聞きたいんだ…?」

「…カーライトが同席し館を破壊しようとしたとき、大木が急に倒れてきた。その時、一瞬だけ館全体が光ったらしい。…本当に一瞬で他の人は誰一人として気づいていなかったから、カーライトも気のせいかと思い、その後も様子を見ていたらしいんだ。…そしたら、窓ガラスが一気に割れて人々に向かって飛んで来た。それはカーライトが精霊の力で防いだが、…そのガラスが飛んでくるときに、確実に建物が淡く光ったらしい。――…精霊の淡い光がな。」

「…は?」


「…あの時、館であったことをすべて教えてくれないか?…――教会にネズミがいそうだ…。」

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