第19話 ベルカストロの悪魔(3)※
『……!?…貴様ぁ…!放せっ!!』
「…ぐふっ…。」
エリオットの口から大量の血液が溢れる。しかし、そのことなど気にせず、自身の左胸を突いているジャスミンの手を逃がさないように掴む。自身の左胸を突いている右腕が煙を上げて焼け爛れ始めた。
『あぁ゛ぁ゛…!!』
「…ヒュー…ヒュー…。…お前こそ…、デイジーを…、返せ…。」
肺から嫌な音が鳴る。息がしづらいが、やっとこいつを捕まえた。
「…ヒュ―…我らの、父よ、…我らの罪を、お許しください…」
『…今さらそんなの無駄だっ!早く死ねっ…っ!?』
悪魔がジャスミンの姿からデイジーへと姿が変わった。デイジーが右手をエリオットの左胸から引き抜こうとも、つかまれている力が強すぎて引き抜けない。
「…悪に染まりし、御心を、……ヒュー…、お許しください。…邪となりしも、あなたの子…。赦しを、お与えください…。」
『この馬鹿力がっ!!死にぞこないのくせっ…!?』
急に腕を引き抜こうともがいていたデイジーの身体が固まった。エリオットはにやりと笑う。
「『神の名によって悪魔よ、退け』」
エリオットの言葉とデイジーの言葉が重なった。デイジーが目を見開く。エリオットはそんなデイジーに気を止めることなく、瞬時に額にピストルを放った。
デイジーが後ろに倒れこむと同時に左胸を貫いていた腕が引き抜かれた。大量に血液があふれ出す。
「…っぅ…!……ヒュー…ヒュー…、やっぱりな…、まだ、乗っ取られてないと、思った…。」
『… な ぜ …』
大階段の上に黒い靄が集まり、それが悪魔の形を作った。昆虫の様な複眼に顔の中央に羊の角のようなもの。
【序列2位 驕慢の悪魔 ベルゼブブ】
「…デイジーになると…、ずーっと……ヒュー…、目が泳いでんだよ…ヒュー…、お前じゃ、一生…、乗っ取れないんじゃないか…?」
『 殺 す 』
「ヴルカン…」
ベルゼブブが両手の爪を鋭利に伸ばして襲い掛かるが、その瞬間屋敷全体が一気に炎に包まれた。ベルゼブブの動きが止まる。
『 き さ ま … 』
「…はッ…、ヒュー…ヒュー…、よく、…分からんが…ヒュー…、必要な文字…、ヒュー…だったんだろ…?」
壁が勢いよく燃える。雨漏りで湿っている壁さえもが緋色の炎を上げて燃え盛った。
『 ぎ ざ ばぁ ー !!』
ベルゼブブが目の前まで迫る。
ピストルのトリガーを引こうとしたその時――
――ベルゼブブの身体に多数の鎖が巻き付けられた。
「…!?」
『 が ッ 』
『人間の割には上出来だ。』
(…!?)
頭の中に聞きなれない声が響く。ベルゼブブの動きがスローモーションの様に見える。
『手助けをしてやろう。』
(…だ、…誰だ…?)
『そんなこと今はどうでも良い。ベルゼブブを葬りたいか、否か。』
「…は?」
(……そんなの、決まっている。)
『… お ま え …、 ま さ か …』
「…二度とこの世に現れないでくれ…。」
エリオットが腕を横に振るうとベルゼブブが鎖に引かれ、身体が僅かに宙に浮いた。その背に大きな十字架が現れ、ベルゼブブを鎖で縛り付ける。
『 あ゛ぁぁああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 』
ベルゼブブの背中から煙が上がる。それと同時にしわがれた叫び声が響いた。
エリオットの身体の中をどくどくと何かが廻り、熱を帯び始める。
「…お前には色々言いたいことは山ほどある…。」
『 お の れ 、 に ん げ ん … 。』
「ヴルカン…。」
『 う お゛ ぉ ぉ ぉ お゛ っ !!』
ヴルカンに合図を出す。すると、ベルゼブブの足元から炎が沸き上がる。
もがきだすベルゼブブに、縛り付けている鎖の力を強めるとガラガラと鉄の音が生々しく鳴り響いた。
「…積もり積もった恨みもある。」
轟々と燃え盛る炎と雄たけび。そして訳も分からないほど高揚し身体を巡りまわっている力。
「だが、もういい。お前が二度と現れなければな。」
エリオットは自身のナイフを構える。精霊の力を流し込むと、装飾が美しく輝いたきエリオットの綺麗な碧眼が光を帯びる。
「神の名によって、悪魔よ、退け!!」
『 うがあぁぁああああああ゛あ゛あ゛!!! 』
自身が貫かれた場所と同じ位置、ベルゼブブの左胸を勢いよくナイフで貫いた。流し込んだ精霊の力がいくつもの鎖となり現れベルゼブブを十字架へと幾重にも縛り付ける。
「…早く、消えろ…っ!」
――ドンッ!!
一瞬にして辺りが真っ白な空間となり、大きな扉が出現する。
『 っ!? い や だ !!』
「…っ!?」
『 い や だぁああああ゛ ー !!』
十字架に縛り付けられたベルゼブブは、その大きな扉に引きずり込まれ、扉が閉じると同時に、扉もろとも姿を消した。
そして辺りは、元の家具が散乱した水浸しの玄関ホールへと戻る。
雨漏りのピチャンッという音が響く。雨はいつの間にか止んでいたようだ。先ほどの嵐の様な豪雨が嘘のように静寂が空間を包みこむ。
「………。」
――瞳が重い…
エリオットはフッと力が抜け、その場で倒れこんだ。
『…よくやった。』
「!?」
急に頭上から聞こえた声にエリオットは閉じたばかりの瞳をバチっと開き起き上がった。すると、そこに居たのは銀髪を腰まで伸ばした見知らぬ男。いや、男というよりかは――
「…天使…?」
『…なんだ?
「!?…え…、天使…、様…?」
エリオットは驚き立ち上がろうとするとその男に制される。
『動くでない。…まあ、人間のくせにここまでやれたのだ。それぐらい許してやろう。』
座った状態で、横に立つ男を見上げる。綺麗な純白の羽根を持つ中世的な男。神々しくも威厳があり、無意識に惹きつけられる反面、畏怖してしまう。
『傷はまだ痛むか?』
「…え…、」
よくよく見ると、左胸の傷も、脇腹の傷も何事もなかったかのように、傷痕さえも消えているのだ。そういえばだいぶ前から痛みが気にならなかった。痛みに麻痺してきたのか、死にそうだから痛みを感じ無くなってきたのかと思っていたが、違ったみたいだ。
「…あ、あの…、あなたは…?」
『神にお前らを助けろと言われたのだ。まぁ、一番の目的は彼女だろうが。』
「神…?…デイジー…?…なぜ?」
『何故?そんなの理由などない。神が彼女を助けたかった。それだけだ。』
「…。」
(…どういうことだ…?神がデイジーを助けたい…?)
『この子は特別なのだよ。』
「…。」
『そう難しい顔をするな。…それより、お前に力を分けた。』
「…え…?」
『だから、私の力をお前に少し分けたのだ。お前には今、天使の力が宿っている。』
「いやっ!…どういうことですか…!?」
天使の発言にエリオットは思わず声を荒げてしまった。天使が自身の目の前に居るというのも衝撃的であるというのに、理解が追い付かない。
――というか、自分はもしかしたら死んでしまったのだろうか…――
『お前には素質がある。だから分けた。それだけのことだ。』
「…素質…?…分けた…とは…?」
『先ほどの地獄の鎖と地獄の扉を見ただろう?あれは俺たち
「
『あぁ。俺は
「…。」
『この力をどう扱うかはお前にかかっている。』
「…え…、いや…、意味が…。」
『お前はまだ弱い。…要は、力を使いこなせと言うことだ。』
『…励め。』
ラファエルはその短い言葉を残し、姿を消した。
緊張の糸が切れたエリオットは再びその場で倒れこむ。疲れがどっと押し寄せる。傷は治ったが、血は足りてないようだ。めまいや頭痛がエリオットの意識を奪っていく。
エリオットは再び瞳を閉じる。
意識を手放す直前、幼い妹が、笑顔で傍に立っているような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます