第18話 ベルカストロの悪魔(2)※
『…あぁ…。もう少し…、もう少しで彼が復活する…。』
エリオットは恍惚した様にでつぶやく声で目が覚めた。意識を失っていたのか、頭がぼーっとするような、くらくらと目が回るような感覚だ。
身体を動かそうとも、指一本動かすことさえままならない。何度か身体に命令を出すと、やっとのことで指先が動いた。
「…ぅうっ…。」
指先が動くと一気に身体の感覚が戻った。腹部にズキズキと焼けるような痛みが走る。腹ばいに地面に倒れている自身の身体をすこし屈め、自身の腹の位置を見ると、血だまりが広がっていた。通りで頭もくらくらとする。
(…このままじゃ、失血死だな…。)
『あれ?生きてたの?
「…。」
『あぁ…、これじゃあダメだったね。ごめんねお兄様。』
そう言って、デイジーの姿から再びジャスミンの姿へと変える悪魔ベルゼブブ。ジャスミンは恍惚とした笑顔を浮かべる。
『もう少しなのよ、お兄様。もう少しで
「…はぁ…、はぁ…、…彼…?」
『そう。私が唯一従った人物…。私よりも罪深く邪悪で美しい…。』
すると、再び屋敷が揺れた。玄関ホールの壁にも文字の様な光が浮かび上がる。
『人間もこれでおしまいね。これからは悪魔が人間を支配するの。』
「……、何を、言ってんだ…。」
『…もぉー。適当に遊んであげたって言うのに、面倒くさいなぁ…。さっさと死になよ…。遊びは終わり…――』
ジャスミンが一気に目の前に迫る。
目の前に迫ったその鋭い爪をもつ手を掴み、引き寄せるとエリオットは相手の額にピストルを付ける。
『あら。まだそんなに動けたの?』
「…おかげさまで、火事場の馬鹿力だな。」
パンッ!!
『…やだ、痛ーい…。肩に当たっちゃったじゃない…。』
「…嘘くさい演技はよせ…。」
『本当に痛いのよ。特に、あんたの精霊の力はっ…!』
周りに飾られていた絵画や陶器がエリオットに向かって勢いよく襲い掛かる。エリオットはそれらを躱していくが、動くたびに腹の傷がズキリと鋭く痛む。
「…っくッ…。…一つ、気になっていたことがあるんだが…。」
『おしゃべりだなんて、そんな余裕ないんじゃないの?お兄様。』
「…お前をどうやれば祓えるのか、あの日から今までずっと考えていたんだ…。」
『そんなこと無理よ。|祓魔師≪エクソシスト≫ごときが私を祓えるわけがない。』
「だが、おかしいと思わないか?」
『…?』
「なぜおまえはピストルを向けた時だけムキになるんだ?…もしかして、ピストルが怖いのか?」
『…っ!馬鹿にす゛る゛な゛っ!!』
ピストルを構えたエリオットに襲い掛かってきたジャスミンにエリオットはニヤッと笑う。
エリオットは足を掬う様に蹴り上げ、床に溜まっていた自身の血液と混ざった雨水をジャスミンに浴びせる。
『…っ!…貴様の血液ごとき…っ!』
「――我らの父よ
我らの元に聖なる水を――。」
――バシャンッ!!
『…っぐッ!?』
蹴り上げた足を思いきり地面に踏み下ろす。すると、エリオットの周りを中心に足元から光が広がった。ジャスミンがその光から逃れるように後ろへ飛びながら逃げるが、その光は玄関ホール全域に広がり、悪魔を逃がさない。雨が滴る壁や階段までもが黄金色に輝き光を放つ。
『…っ!…貴様っ!何処にそんな力隠し持ってたっ!?…フロア全体の雨水を聖水にするだとっ!?そんなことっ…――』
「あり得るんだよ。…とりあえず、デイジーから離れろ、ベルゼブブ…――。」
ピーン…
エリオットが親指でコインを弾いた。銀色のコインがきらきらと輝きながら水の膜が張った地面に落ちる。
『…何を…っ!?』
「お前程の奴は簡易的な道具など知らないか。」
コインが落ちると波紋のように一気に光が強まった。壁の文字も光によってさらさらと消えていく。
『…うぅ!…あぁっ!焼けるっ!!…焼けていくっ…!!』
「簡易的だが、結構効力はあるぞ。…その身体から離れたほうがいいんじゃないか?ベルゼブブ。」
ジャスミンの姿から再びデイジーへ変わった。身体に浴びせたエリオットの血液交じりの雨水や足元の雨水がデイジーの皮膚を焼いていく。
『貴様っ!この女の身体がどうなってもいいのかっ!』
「皮膚などまた再生する。…生きていればな。それよりも、早くデイジーから離れろ。」
『お前みたいな|祓魔師≪エクソシスト≫見たことないぞっ!自ら守る相手を傷つけるだとっ!?それでもお前は|祓魔師≪エクソシスト≫かっ!?』
「他なんて知らねぇよ。――…だが俺は、列記とした|悪魔≪おまえら≫を祓う|祓魔師≪エクソシスト≫だ。」
『何をぉぉぉぉおおお゛!?っ人間ごときがっ!!』
「その人間に執着しているのはお前ら、悪魔だろう。」
デイジーが床に落ちていた剣を拾い上げ、エリオットに振り降ろす。エリオットもデイジーから視線をそらさず、足元にあった剣を回転を加えて思いきり踏み、跳ね上がった剣で振り下ろされた剣を受け止めた。
『殺す…。』
「…はっ…、その顔でそういうこと言うな…。似合わねぇよ。」
『知るかっ!!』
(……チッ…)
動けば動くほど腹部から血があふれ出るのを感じる。飄々と答えていたが、何度も何度も襲い掛かってくる剣を受け止めるのに生一派で、エリオットには限界が近かった。
(早くデイジーから悪魔を引き剥がし、悪魔を祓わなくては…。完全に憑依されてはデイジーの魂が消滅してしまう。何か方法を考えろ…。)
『…はっ!祓魔師!動きが鈍くなってきたぞっ!』
「お前もだいぶ余裕がなさそうに見えるが?」
『貴様ほどではない!』
(…!?…まずいっ…、視界がぼやけてっ…!――)
『…はっ!…エリオ神父。』
「…っ!?」
『私とジャスミン、どっちに殺されたい?』
「…なっ…!?」
『…早く答えないから、私にしたよ、お兄様。』
「…っかはッ…!!」
『…俺を舐めるなよ、エクソシスト……。聖水やお前らの血ごときでは死なねぇんだよ…!!』
エリオットの目の前にはジャスミンの姿だ。そのジャスミンの右手がエリオットの左胸を貫いている。
「………糞ったれ…、」
『さようなら、お兄様。』
ジャスミンがきれいな笑顔を浮かべる。その瞳は白目さえも闇の色に染まっていた。
◆
――パンッ!
「…はぁ…、はぁ…。」
ジャックが放ったピストルの弾丸は執事に当たることなく、地面にめり込んだ。目の前の執事が一瞬だけ後ろを振り向いたが、相も変わらず虚ろな瞳で裂けたような笑顔を浮かべている。
「…ははっ。……はぁ…はぁ、…遊びはここまでだ。」
刃をこする音が止まる。
薄暗い部屋の床に円状の光が現れ、その円の中を五芒星の光が走った。
「――我らの父よ、
我らの罪をお許しください――」
ジャックはその場でゆっくりと起き上がるが、執事は足が張り付いたように動かない。
「――悪に染まりし御心をお許しください…
…邪となりしもあなたの子。赦しをお与えください――」
『ぁあ゛…あ…』
「…くそっ…、痛ったいな…。……俺が何も考えずにピストルを放っていたと思うか…?」
男が周りを見渡す。五芒星の頂点に丁度ピストルの弾丸がめり込んでいる。そして、円状の光を形作っているのは血痕だ。その血痕の大本をたどれば、脱力しているジャックの左腕。
「…ナイフもピストルも効かない…。」
『ごぶっ…ごぉほっ…』
苦しそうに執事服を着た悪霊が血を吐き出した。身体がガタガタと震えている。
「…はっきりとしたお前の正体は分からない。…でも、魔力を持っているということは、俺らに祓えるということだろう?」
『…ぁあ゛…あ…』
ジャックは五芒星の外枠にある自身の血液を媒介とした円状の光に、自身の装飾の細かいナイフを突き刺す。ナイフの装飾が光を帯びた。
「…従来のやり方がダメなら、ほかの方法を試すまでだっ!」
そのナイフに精霊の力を思いきり流し込む。すると一気に五芒星の光が強まり、ついには柱のように光が天井まで伸びた。屋敷の一室が一気にまばゆい光で包まれる。
『あぁぁぁぁあああぁぁ゛!!!』
もがくように苦しみだした執事服の男の身体が溶けるように崩れだした。
ジャックはエリオットからもらった充填ずみの鉄球をピストルのシリンダーから取り出し、未だダラダラと血液が流れている左腕の傷痕にピッとかすめる。
「…お前にやられた傷からの血だぜ?…この借り、お前に返してやるよ……。
――神の名によってあなたに安らぎを与えん。」
――パンッ!!
エクソシストの血液を纏った鉄球は、男の脳天を貫いた。その身体から煙が上がり、一気に蒸発が始まる。
『あぐっ…ガぁァァあアアぁぁ゛!!!』
カランコロン…――
男の叫び声が消えると同時に五芒星の光も和らぎ、光が完全に消えると、軽い音を奏でて落下したのは数本の骨。
「…はぁ、…はぁ…、…きっつッ…!」
ジャックはその場で倒れるように崩れ落ちた。息が整わない。無理をし過ぎた。
「…はぁ…はぁ…、ジルフ…、ありがとう…。」
体内でジルフが返事をする。ジルフにも無理をさせた。
(…俺ってば、マジ天才…。)
(…あ…、ダメだ…。俺は、…エリーの所に…。)
ジャックはその場で意識を手放した。
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