第16話 ジャスミンの花と幼き誓い(2)※
※怖くはないのですが、暗いです。
―――――――――
雑木林の前に立つと、普段は何も感じない木々の空間が人を飲み込む化け物のように感じられた。エリオットは息を呑んで雑木林の中へ足を踏み入れる。まだ日は高い。しかし、雑木林の中へ入ると、一気に暗さが増す。それが、本来からこんなに暗いのか、それとも悪魔のせいなのかはエリオットには分からない。
「ジャスミーーン!!」
エリオットは痕跡さえも見落とさないように、左右を見渡しながら雪道を進んでいく。冬でも葉が落ちないもみの木の雑木林。もみの木の葉が、雪をある程度受け止めてくれているが、それでも地面に雪は積もっている。歩きにくい道を、エリオットは足を雪に沈めながら先を急ぐ。
(…お願いだ、ジャスミン…、無事でいてくれ…。)
エリオットはついに涙が零れた。不安で心臓が痛い。とりあえず、ジャスミンを見つけたい。
小さな体で前へ前へと進んでいくが、急いで屋敷を飛び出したエリオットの服装は、雪道を進むには軽装すぎた。手足の感覚が麻痺してくる。
「っ!!ジャスミンっ!?」
どれぐらい進んだだろうか、突如現れた小さな足跡。エリオットは心臓が高鳴った。
「ジャスミンっ…、ジャスミンっ!!」
雪に足を取られながら先を急ぐ。
「ジャスミンっ!!」
白い世界に輝く、ピンク色のドレスにプラチナブロンドの髪。目の前に目立つ小さな姿が見え、エリオットはさらに走りを早くし、ジャスミンを追いかけた。幸い、ジャスミン意外何も見当たらない。ジャスミンを連れ戻すとしたら悪魔がいない今しかない。
「ジャスミンっ!…ジャスミン、無事かっ!?」
「…。」
「ぁ…、ジャ、ジャスミン…?」
エリオットはジャスミンに追いつくと、焦りと喜びから少女の手を勢いよく引いて呼び止めた。しかし、ジャスミンからは反応がない。うつろな瞳でエリオットが見えていないかのように歩みを進める妹に、エリオットは一瞬気後れしたが、妹の行く道を阻むように、ジャスミンの正面に回り込んだ。両肩を掴みながら瞳を見つめて訴える。
「ジャスミンっ!帰るぞっ!」
「…。」
「…っ、おいっ!!」
『――……… ち が う …。』
「…っ!?…うわぁっ!!」
ジャスミンの手を引いた瞬間、ジャスミンの瞳が左右上下にぎょろぎょろと動き、黒目が分裂した。そして、かすれた声がジャスミンの体内から聞こえたたと思えば、エリオットは何かに突き飛ばされる。
「うぅっ!!」
幸い身体が飛ばされても、落ちた場所が雪の上であったため、大きな痛みはなかった。しかし、先ほど目にしたものの衝撃が強すぎてエリオットは起き上がれない。
(…なんだ…?ジャスミンだけど…、ジャスミンじゃない…っ!!)
「…あれ?お兄様…?」
「っ!?ジャ、ジャスミン…?」
「お兄さま、何でこんなところに?」
「ジャスミン!帰ろうっ!」
急にいつものような明るい表情で笑顔を浮かべるジャスミンに、エリオットは焦って起き上がりジャスミンに近づく。
『これじゃなかったの。しばらくはこれでもいいかなと思ったけど、まあ別にいいや。』
「え…?」
良く分からない発言をしながら微笑むジャスミンの瞳から、赤い液体が垂れていく。
「あ…、ぁ、ジャ…ジャスミン…?」
『もうこれには用がないの。せっかく見つけたと思ったのに。もぅ、期待外れ。…ごふっ…。』
「ジャ…ジャスミン…、あ、悪魔!?悪魔なのかっ!?止めろっ!!」
ジャスミンの声で、笑顔で、誰かがしゃべっている。真っ赤な血を吐きだしたジャスミンにエリオットは涙が止まらない。
『そうだ。おまえも一緒に殺しちゃおうか。お兄様。』
「っ!?」
ズズズズッ
ドーーンッ!!
「よぉ、坊主。なんでこんなとこに居るんだ?」
ジャスミンの手がエリオットの首元に伸びた瞬間、エリオットは何かに足を引っ張られ宙に浮いた。そしてエリオットがいた地面には大きな亀裂が入っている。
(なっ…なんだ…?)
エリオットの足には木の根っこの様なもが巻き付き、そいつに逆さで宙につられていた。その根っこを操っているやつはさきほど屋敷に居た、失礼で偉そうなエクソシスト。
状況は分からないが、目と口から血を流しているジャスミンとエクソシストが笑顔でにらみ合っている。
『めんどうな奴らが来たわね。』
「おぅおぅ。憑依は順調ですか?」
『憑依はね。でも、欲しかった奴じゃなかった。だからもういらないわ。』
「じゃあ、返してもらおうか。」
『それもダメ。… た の し く な い 』
「…っ!?」
再びしわがれた声が聞こえ、目の前の雪が雪崩のように襲ってきた。
「レフラー神父っ!」
それを何処から現れたのか、エクソシストが一人増え、その人物がが何かを唱えながら突風を巻き起こし、雪崩を止めた。雪が舞い、吹雪のようになる。
「ジャスミンっ!?」
かろうじて目を開けると、レフラーと呼ばれた男が装飾の多いナイフでジャスミンに切りかかっていた。しかし、ジャスミンはどこで覚えたのかという動作で軽やかにかわしていく。雪崩を止めた片眼鏡のエクソシストがエリオットの横まで近づく。この人物も屋敷で見た人物だ。
「…お前、何でここに居るんだ!?俺の指示はどうした!?」
「…指示通り動きましたよ。動き終わって、今はあなたのように自由行動中です。」
「真面目なカーライト君が規律を破るとはねっ!」
「僕だけではありませんよ。」
「っ!…お前らな、俺の指示を守れよ!死んでも知らねぇぞ!」
「あなたに言われたくない。」
ザクっザクっ
雪を踏む音が聞こえ左後方を見ると、木々の間からまた一人、女性のエクソシストが現れた。しかし、現れたエクソシストを見ると、ピストルを構えているではないか。ピストルを構えたまま、先ほど右隣に立った片眼鏡のエクソシストとエリオットを挟むように反対の左横に立つ。
「なっ…、何やってるんだよっ!?そんなもの当てたら、ジャスミンが大けがしちゃうだろうっ!!」
「大丈夫よ、エリオット君。これは人間には効果がないから。」
「え?」
ズーーーーン
急に身体が重くなる。周りの色が消えた。すべてがモノクロに見える。
「な…なんだ…、これ…。」
「マリア!坊主!逃げろっ!」
『危ないわね。』
鮮血が舞う。急に目の前に現れたジャスミンに驚く間もないまま、左隣に居たエクソシストが消えた。雪の上には血液と、先ほど彼女が持っていたはずのピストル。血の色が鮮やかだ。色が戻った。
「大丈夫か、マリアっ!?」
『あれ?おにいさん、邪魔しないでよ。お兄様におもしろいもの見せてあげようと思ってたのに…。』
「…俺ら人間と面白いと思うポイントがが違うからな…。坊主はそれを見ても楽しくないと思うぞ…?」
『それはどうかしら?見せてみないと分からないじゃない。』
先ほどまで左隣にいたエクソシストはいつの間に移動したのか、レフラーと呼ばれている神父に抱きかかえられていた。しかし、腕が変な方向に曲がっており、その腕からは血が流れている。
「…エリオット君…、私が合図を出したら、レフラー神父のもとに走るんだ…。」
衝撃で自分がどういう状況か分かっていなかったが、真後ろから小さく声をかけられ、ハッとする。気づけば尻餅をついた状態で、背後から覆われるようにピストルを構えた片眼鏡のエクソシストに守られていた。そういえば右側から急に腕を引かれ、尻餅をついた気がする。
「…ぁ、…。」
「返事は良いから…。」
『何をコソコソとしているの?お兄様。』
「…。」
「…ち、違う…、お前は、ジャスミンなんかじゃない…。」
『ひどいお兄様!そんなこと言うなんて…!』
「…エリオット君、悪魔の話に耳を傾けるな…。」
「ジャスミンじゃないっ!僕の妹をっ、ジャスミンを返してくれっ!」
「ッチ!…走れ!エリオット君!」
「…っ!?」
『あれ~?』
背中を押され、エリオットは反射的に駆け出した。背後で爆音がなり、突風を感じる。
「カーライトっ!!」
再び足を木の根で引かれ、レフラーの目の前に落とされた。
「っ!」
「くそっ…。坊主、ここでマリアを見てろ。」
「え…?」
そう言うと男は返事を聞かずに再び吹き荒れた吹雪の中へと飛び込んでいった。見てろと言われたが、その対象であるマリアは、脂汗を流しながら不自然に曲がった腕とは反対の手で新たなピストルを構えている。
「マ、マリアさん…?…大丈夫でなんですか…?腕が…。」
「ふふ…。大丈夫よ。私、ピストルは二刀流なの。左手でもイケルから、そんな顔しないで…。」
――ドーンッ!!!
大きく地面が揺れ、エリオットは膝が地面に着いた。辺りを見渡すと、四方八方の木木の枝が伸び、その枝がジャスミンの身体を捉えていた。
「クロネ!」
マリアが叫ぶとジャスミンを捉えていた枝がピキピキと氷り始め、遂にはジャスミンさえも凍り付いた。
「ナイスだマリア。…生きてるか?カーライト…。」
「はぁ…、はぁ…、何とか…。」
凍り付きながらも笑顔を浮かべているジャスミンに不吉さを覚える。視線をエクソシストへ向けると、息も絶え絶えで負傷しており、力の差は歴然だ。
『あー、楽しくない…。お前らちっとも楽しくない。』
「…!?」
「…っ!…それについては共感できるぞ。初めて面白いと感じるポイントが一致したな…。」
凍り漬けにされながらもジャスミンの声が森に響いた。皆の視線が一気にジャスミンへ向かう。
『もっと強いやつは来ないの?』
「…もう少ししたら来るかもしれないな。」
『それまで待てっていうの?久しぶりに目覚めたって言うのに、こんなんじゃ肩慣らしにもならない…。』
「…今まで眠ってたのか?」
『そう。あれはいつだったかなぁ…、あんたらじゃなくて、天使にやられたの。ほんと、あいつらむかつく…。だから、仕返ししようと思って。』
「…仕返しの為にその子に憑いたのか?」
『んー…。半分正解で、半分不正解って感じかなー…。この子じゃダメなの。…でも、おいしそうな魂だからまぁいいや。』
「……何を企んでる…?」
ばちっ
ジャスミン首が氷の中でグルっと動き、目が合った。
その目が月のようにゆがむ。
『お兄さま。』
ジャスミンの身体を縛っていた枝が一瞬で朽ち果て、氷も蒸発した。その中から飛び出したジャスミンは瞬きする間もなく目の前に現れる。
『見てて?』
目の前を鮮血がゆっくりと飛ぶ。
何が起こったのか分からない。
どさっとジャスミンの身体が雪の上に倒れた。その身体と離れた位置に頭が落ちる。
「…え…?……ぁ…あ…。」
ぼやっとした靄がジャスミンの横に現れ、人の形を作る。その靄がしゃべった――
『――…た の し い ?…――』
「…ぁあ゛ーーーーー!!!…ジャスミンっ!ジャスミンっ!!!」
靄がはっきりと人の形になったが、エリオットはその人型など気にせず、ジャスミンに駆け寄り、身体から離れた頭を抱き上げる。
「ジャ、ジャスミンッ!!」
涙が止まらない。心臓が痛いほど悲鳴を上げている。
「エ、エクソシストっ!助けてっ!ジャスミンがっ!!ジャ、ジャスミンがっ!」
エリオットは一番リーダー核であろう、レフラーへ向かって叫ぶが、レフラーは目を見開いた状態で動かない。
「早くしろよっ!ジャスミンがッ!!」
『――…は ぁ ー 、 … た の し い …。』
真横から聞こえた信じられない言葉にエリオットは顔を上げる。
「っ!お前っ、何言ってっ…――!!」
その時横に居た人型が人ではないことに気づく。考えれば、靄が人になることなどありえないが、錯乱していたエリオットは見上げるまで気づかなかった。
昆虫の様な大きな瞳。そしてその目は複眼だ。鼻なのか口なのか分からないが、顔の中央に大きな羊の角の様なものがある大男。いや、≪悪魔≫。その悪魔の手からぽたぽたと血液が滴っていた。
その手がジャスミンの方角へ伸びる。すると、ジャスミンの身体からきらきらとした、霧の様なベールのような柔らかな輝きが生まれる。それを悪魔は、香りを嗅ぐように羊の角の様な部分で吸い込んだ。
『――…は ぁ … 、 う ま い … 』
「…っ!…お、…お前、ジャスミンをっ…!」
「坊主!やめろっ!!」
エリオットはマリアからピストルを奪い取り、悪魔に向かって銃口を構える。レフラーの制止が入ったが聞くはずがない。
(殺してやるっ!!!)
『―― も う 、 た の し く な い ――』
大男が再び靄の様になって消えた。
辺りが一気に静寂に包まれる。しかし、空は晴れ渡り、景色はまぶしいほど明るかった。
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