神聖なるどすこい

九十九ひとり(9ju9)

第1話

 ――てけてんつくてん ピーヒャララ……

 今にも崩れそうな廃屋のあいだを賑やかな笛と太鼓の音が流れてゆく。これから始まる戦いを知らせる神聖な調べを聞きながら、薄汚い服装の子供たちは真っ直ぐに神殿を目指し走っていた。

 洗濯物を吊したロープの下を抜け、どこから仕入れたのか怪しい品が並ぶ屋台の横を通り、彼らは大きな神殿へ向かう。そこには既に老若男女が集まっていた。

 どんどんどん、と大きな太鼓が三回打ち鳴らされると、集まった観衆は一斉に拳を天に突き上げて叫ぶ。子供たちもそれに倣い、大声を張り上げた。

「ど、す、こい! ど、す、こい!」

 誰も彼もが神殿の円い舞台に視線を注いでいた。石と土を盛り上げて作られた「神殿」は、遙か昔に作られた「土俵」を再現する為の物であるという。このあたりに住む者ならみな知っている。これは既に去ってしまったという神を呼び戻すため、定期的に行われる大事な儀式だった。

「ど、す、こい! ど、す、こい!」

 土俵を囲む観衆の声はますます大きく、熱を帯びていく。その時、晴れた青空にきらりと光る物が見えて、人々は一斉にそれを指差した。

「来たぞ!」

「有り難い有り難い、眼福眼福」

 年寄りなどは手を合わせて、空のかなたから飛来する「それ」を拝んでいる。最初は小さな点のようだった飛翔体はみるみるうちに土俵へ接近し、一列に並んで土俵の上を旋回している。「それ」は裸に股間を守るマワシを締めただけの、体格のいい男達だった。

「スモトリ様ぁ!」

 空を舞う体格のいい二十人のスモトリ――それがこの土俵の主だった。

 かつての文明が核戦争によって滅び、生き残った人類は焼け跡から再度立ち上がった。それからおおよそ二百年が経過し、かつての機械技術を頼りに人々は歪ながらも古き知識を復元しようと試みている。その一つがこの「オズモー」という神事だった。

 焼け残った文献を頼りに、人々は新たな宗教を起こした。神に捧げられた円形の土俵の上で寸鉄を帯びぬ戦士が戦う。そんな単純なルールの競技があったらしい……という言い伝えが、今は人々の娯楽にもなっている。

 しばらく悠然と空を飛んでいた戦士達が、ゆっくり高度を下げ始めた。大きな身体の戦士はスモトリと呼ばれ、人々の敬意を受けている。彼らは普段、巨体と力を生かした街の守り神として働いているのだ。襲い来る凶暴な野生動物と戦い自らの技を鍛えたスモトリ達は、年に三回奇数の月に必ずこのリョウ・ゴクの神殿に参集する。いずれ劣らぬ戦士達は海の向こうからも参加していた。

「ど、す、こい! ど、す、こい!」

 どすこい――残念ながらこの古い言葉の意味は失われて久しいが、恐らくは戦士を鼓舞するための言葉であろうと人々は解釈している。観衆は足を踏み鳴らし、手を叩いてこれから始まる競演を待っていた。

 巨体が悠然と土俵に舞い降りる。一人目のスモトリがそっと大地に降り立つと、観衆が一斉に静まった。スモトリは鎧のような筋肉に包まれた体を揺らし、堂々とした動きで土俵を大きく踏み鳴らす。

「どすこーい!」

 その動きに合わせて観衆が叫んだ。四方に睨みを利かせたスモトリは悠然と土俵の端へ寄る。空に浮かんでいたスモトリは次々と大地に降り立ち、一人ずつ場を清める為の四股を踏む。合計二十人のスモトリは、漲る力を周囲に誇示していた。

 最後の独りが土俵の端へ移動すると、二十人が互いに睨み合う格好になる。すると土俵の外から現れた神官が、手に持った団扇のような神具を振るう。そして彼は古い祈りの言葉を叫んだ。

「見合って、見合って!」

 スモトリ達の目の色が変わった。一斉に重心を下げ、両手を地面に付ける。彼らは共に街を守る存在であり、同時に好敵手でもあるのだ。

「はっけよい――」

 よく通る神官の声に、神殿は水を打ったように静まり返る。彼が次の祈りの言葉を口にすれば、全てが始まりそして終わると誰もが知っていた。神に捧げる戦いはだいたい一瞬でけりが付く。観客はどうか贔屓のスモトリが残りますように、と固唾を呑んで土俵を見守っている。

「――のこった!」

 機敏な動きで神官が神具を振り、土俵からさっと逃げ出す。いつまでも留まっていればスモトリ達の妨げになるからだった。

 彼の言葉に合わせてスモトリ達が動き出す。その巨体から繰り出される張り手は衝撃波を伴い、互いに相手を吹き飛ばそうとする。だがその程度で土俵から落ちるやわな戦士などここにはひとりもいない。観衆の熱狂に応えるように、スモトリ達は一対十九の戦いを始めた。

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神聖なるどすこい 九十九ひとり(9ju9) @9ju9

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