バックファイヤー

 しばしの休憩の後、出発。

 うん。牧之原が聖地だとか盛り上がってたな、あの女……。


 まだ、午前中なのに東名を上る私たち。この時間の道路の空き具合は正直病みつきになりそう。ま、このくらいの楽しみもないと早起き分の得はないよね。

 新東名は新しいだけあって路面がすごく静かだった。旧東名を走ってみると違いがよくわかる。ただ、標高が高いのかなんなのか、なんとなくだけど新東名の方がエンジンのフケが悪い気がした。


 いつもは行きも帰りも基本的に同じ隊列が多いんだけど、ユキなりの考えがあるみたいで、帰りはユキ、洋子、私、トマト、宗則、しんがりトモくん、ヒロシ。

 ユキが洋子を見て、私がトマトを見る、宗則がトモくんを見るってのがユキの狙いだと思う。もちろん何も聞いていないが、牧之原経由よりはしっかりと意図は伝わった。


 道も空いているし順調に距離を稼ぎ休憩も給油以外必要ないと思っていた。

 だが、私の好きな薩埵峠の景色を拝む前にそれは起こった。


 前が空いていたので、先頭のユキがトンネル内で速度を上げたんだけど、続く洋子と私は千鳥そのままに上品に速度を上げた。ただ、私がバックミラーで見ていたトマトは加速が遅れた。

 そして、タイミングが悪いことにトマトの真横の車が、私との間が開いた場所に入ろうとウィンカーを出す。車はピラーかドアミラーの死角になったのか、トマトに気づいていない。トマトはトマトでやはり上の空だったのだろう。加速を忘れる、隣り車線に気づかない、とマズイ感じだ。

 この時、去年北海道ツーリングの雑談をしていた時の宗則の台詞が頭に浮かんだ。


 考える前に体が動いた。大丈夫かな? こんな時に宗則のなんでもない一言思い出すなんて。私、運の使いどころ合ってる?


「合ってるよね」


 ヘルメットの中で確認するように呟き、トマトが千鳥のラインになっているかどうか、バックミラーで確認した瞬間にブレーキをかけてトマトのCBRと並ぶ。瞬間、ニンジャのキルスイッチをオンオフする。


 トンネルの中、トマトの隣で私のテックスターからバックファイヤーの発砲音が響く。


「パァン!」


 ボーっとしてたトマトが我に返り、左側を一瞥した後アクセルに活をいれる。車線変更しようとしていた車もトマトにぶつかる寸前に気づいて、元々いた車線に戻る。


「ボッ、ボーッ」という音に切り替えてトマトと並ぶ。

 シールドを開ける。聞こえるかどうかわからないけど、いったん左手アクセルに切り替えて右手で左から右に景色に合わせて腕を振りトマトに精一杯叫ぶ。

 今、トンネルを抜ける。


「ケシキッ、サイッコーだよっ!」「パンッ!」


 アクセルをキープしてた左手をクラッチに、右手をアクセルに、戻しながらも今度は間違って、また一瞬キルスイッチをオンオフしてしまう。


「ハ? ……あはは」とトマトがシールドを開けて私を見る。目が笑っている。私も一瞬トマトを見て、シールドをパタンと閉めて加速して隊列に戻る。


 一連の流れにユキも遅れて気づき、給油組を考慮し予定していたSAの一つ手前のSAにウィンカーを出して入っていく。少し早いが一旦休憩だ。

 二輪スペースにバイクを停めてメットを脱ぐ。


「キョウさん、あのすいません、ちょっとボーっとしてました」とトマト。

「ん」と私。ちゃんと反省できるやつに私程度が言えることは何もない。

「あと、あの後何て言ったんですか?」と首を傾げるトマト。

 やはり聞こえなかったか……。指を鉄砲の形にしてトマトの胸をつつく。

「くらえっ! って言ったんだよ、パンッて」

「子どもみたいですね」と笑うトマト。


 一度気を引き締めてからの残りの道のりは、渋滞もなくあっという間で、再度大学の駐輪場に集まってからユキの締めの言葉で解散した。

 それぞれ「おつかれー」と言いながら手を上げて帰っていくみんなを咥えタバコで見送る私と洋子。


「アタシたちも帰ろっか」と言ってフィルター付近まで吸ったタバコを携帯灰皿に押し込む。

「そだね」と言う洋子。お互いにヘルメットを被りバイクに跨がってエンジンをかける。

 ギアをいれ、するするっと私の隣までバイクを寄せた洋子が指を鉄砲の形にして私の胸をつついて「ばぁん」と言って、うふふと笑いながら出発した。

「な、ちょっ!」聞かれてたー。恥ずかしさで赤くなる顔をシールドで隠して私も出発した。

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