3年生最後の飲み会・前半

 夢。

 洋子の夢はイラストレーター兼デザイナー。

 私の夢は何だろう? 何でもいいからバイク関係?

 漠然としすぎてるよね。みんなは夢ってあるのかな。


「あのさ、来年度は本格的に就職活動じゃない? 決起集会っていうか、三年生のうちに一度みんなで飲み会しない?」学食で割と三年生メインのタイミングで言ってみた。

 相変わらず孝子はあんまり見かけないので、孝子には私からLINE送るから、とみんなに伝える。

 宗則もヒロシも大丈夫とのこと。洋子には事前に話していたし、最近週末はずっと一緒だ。


 孝子は飲み会の主旨を伝えたらバイトを休んで来てくれることになった。以前土曜日はかき入れ時だから穴を開けたくないと言っていたので、意外だったけど素直に嬉しかった。

 こうして3年生最後の飲み会の開催が決まった。


 土曜日、みんなが集まってからまずはスーパーへ買い出しに行く。

 ヒロシの希望はユキに教えてもらったキャンプアニメで出てきたと言う餃子鍋だったんだけど、ユキも食べたがっていたというので、洋子の案でせっかくならユキが参加している時にしようよってことになった。これでヒロシの乙女心気遣いスキルがレベルアップするといいんだけど。

 では何にしようかってことになったんだけど、既にみんな鍋の口になっていたので、昔ネットで流行った白菜と豚バラのミルフィーユ鍋になった。しかし流行り始めた頃はこんなお洒落なネーミングじゃなかったような。

 お酒は、いつも行くお酒のディスカウントストアに行って、各々自分の推し酒を自費で買ってお互いに一杯ずつ飲んでみようって話になった。


 家に着き、鍋の用意をしながら飲み始める。


 まずは私から。グレンフィディック18年。いつもより奮発した。

「今日は、なんかありがとう。アタシ全然将来の夢って言うか、そこまで大袈裟じゃなくってもなんか何も想像つかなくって。で、みんなの話を聞いてみたいなって思って」それと、お酒の話を少し付け加えた。北海道ツーリングのフェリーでのこと、洋子といつも飲んでいること、今回は少しだけ奮発したこと。


 ここらで鍋が完成し、みんな一斉に食べ始めた。ポン酢正しくは味ぽんだけで充分にいけたが、ゆず粉を入れても美味しかった。鍋はあっという間に無くなり、念のために買っておいた缶詰のつまみも開けた、面倒くさいので常温で。


 ヒロシの番。山崎。酒屋で一緒に買っていて知ったのだが、1年物でもグレンフィディックの18年物くらいのお値段。

「俺の夢は輸入雑貨の店をやりたいってとこなんだけど、まずは貿易の会社に就職を目指してる。小さな個人商店ってのも自由がきいていいんだけど、海外のアウトドアとかオフロードの用品ってなかなか国内で認可が厳しいものとかあって。個人では限界があると思うんだよね。そういうのが出来るちょっと大き目な輸入雑貨を目指したいんだ。だから、まずはちゃんとした会社でしっかりと仕事をしたいって思ってて、学部的にも勝負できるとは思う」と、しっかりしたビジョンを持っていた。北海道ツーリングでガソリン携行缶について調べているときに海外と日本の法律による違いや海外の良い製品を沢山知って、漠然と夢として意識し始めたらしい。

 洋子の夢を聞いたとき、私は劣等感を感じた。だけどヒロシの夢を聞いたときは私も頑張りたいと思えた。

 あと、ヒロシは山崎ってウイスキーにもともと憧れてたみたいだ。お父さんが好きでいつも実家にあったらしい。ただ、名前でどうしても私を意識してしまうんだってさ。惚れるなよ。


 洋子の番。ロンサカパってラム酒をバニラアイスにかけて頂く。タイミング的にデザートっぽくなって良かった。

「私は職業としてデザイナーを目指してます。で、ネットとかも活用しながらイラストレーターとして食べていけるのが理想かなって思ってます」私は事前に聞いていたから驚かなかったが、みんなも特に驚かず納得している感じ。


 孝子の番。孝子は家からお酒を持ってきてて、メーカーも名前さえも誰も知らないものだった。種類としては、グラッパというもので、孝子の家にずっとあった誰かからのお土産らしい。確かにラベルにも輸入に関する表記など何も書いていない、全てイタリア語。アルコール度数はきつめで50度。しかも、これストレートで飲むお酒とか。

「実は私もまだ想像つかないんだよね。じゃあ何で集まったのって思うかもだけど、キョウと同じでみんなの話を聞きたいなってのは最近思ってたんだ。それにみんなとお酒飲むの久しぶりだし」


 宗則の番。スピリタスというアルコール度数96のウォッカをスポーツドリンクで割るという、何かの本で見たとかなんとかで出所が怪しい情報のカクテル。実に馬鹿げていて、いつか飲んでみたいと思っていたそうだ。

「俺は、本音ではできるならバイクに関わる仕事がしてみたいとは思ってる。けど、まずはバイクを楽しむためのお金を稼ぐって考えで、自分に出来る仕事を探したいなと思ってる。出来そうな、ではなくって出来る、ね。そもそもは生きる為に働くんだけど、趣味でほんの少しだけでも、楽しく生きる為に働けるといいなと」


 夢があって仕事を考えたり、夢は無いけど自分に合う仕事を考えたり、宗則の話やみんなの話を聞いて、自分の気持ちが上向きになっていくのがわかった。


 夢は無くたっていい、自信を持って楽しく生きて行ければいい。


 ゆっくりクラッチを握り、気持ちのギアを一速に入れてみる。異音はしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る