薩埵峠

 今回のツーリングは時間帯のこともあるが、うちのサークルにしては珍しく上道メインのワインディングを挟まないルートを選んだ。行きは新東名、帰りは東名の予定。


 お互い口にはしないが、やはりみんなご隠居の事故のことで少しナーバスになっている部分はあると思う。ユキはユキで部長として考えるところもあっただろうし、私や宗則、トマトといった峠に走りに行くメンツも、こういう事があるってのは頭ではわかっていたつもりだったが、急に現実として突きつけられてしまった。

 トマトは同期生がバイクに興味があると言っていたが、ご隠居と一番親しいトマトだからこそ悩む部分もあるだろう。私もこれから知り合う友達にバイクを勧めるかと言われると今は微妙な心境だ。

 私がトマトに何かできる訳じゃないけど、今日どこかのタイミングで話したいことがある。参考になるかどうかなんてわからないけど。

 以前、私がつまんないことで悩んでいた時のこと。


――私は東名高速道路のこの区間、下りより上りの方が好きだ、好きな景色があるから。トンネルを抜けて一気に拡がる視界に、富士山、濃い水色の空、青緑の海、全部が一斉に飛び込んでくる場所。


 その一瞬に出会ったのは大学に入って少し経った頃。

 当時付き合っていた彼氏と自然消滅ってやつで別れた。そして気づいた。そもそも私は彼のことが好きだったんだろうか? と。告白をされて、少し考えてから付き合うことにしたけど。一緒にデートしたりして色んな所に行って楽しかったんだけれど。

 そんな色々な想いが、生活の距離が離れただけで薄れてしまった。好きって自分の気持ちも、相手が自分を好きって気持ちも感じなくなった。

 こういう時バイクに乗っていると、ふとスピードの中に身を置きたくなる時がある。私は普段あんまり使わない高速道路に乗った。


 そして何も答えが出ないまま、只々走っていた帰り道、東名高速でこの景色に出会った。

 その瞬間、剥き出しの風と絶景に包まれた私は詰まらないことで悩んでいるのが馬鹿らしくなった。今トマトが悩んでいることは、私のしょうもない恋愛なんかよりもずっと大変なことだと思う。だけど、少しだけでもトマトの気持ちに晴れ間がのぞけばいいなって思う。


 ユキとしてたお茶漬けの話で気づいたんだ。その景色、薩埵峠――


 ユキが目星をつけていた焼津のラーメン屋に着いたのは6時前だったけど、数人が既に並んでいる状態。

 迷惑にならないように二組に分かれて入店した。

 ユキ、宗則、ヒロシのがっつり組。私、洋子、トモくん、トマトの乙女組。


 静岡の朝ラーメン文化では魚介出汁のラーメンがメイン。そりゃまぁ朝から家系豚骨とかは無理よね。もう一つ、温ラーメンと冷ラーメンの2種類が提供されていて、通は両方味わうとか。

 がっつり組はもちろん両方行くスタイル。乙女組は、私とトモくんが温、洋子とトマトが冷。私と洋子は女子っぽく半分ずつシェア。

 さっぱりしたスープで、これならちょっと頑張れば私もがっつり組で行けたかもしれない。


 がっつり組のお腹がこなれるのの待ちを兼ねて、場所を移動し30分ほど走った辺りの海岸で海を見ながら少しまったりと休憩。

 たわいもない話をしながら小一時間過ごして、なぜか牧ノ原を目指して東名高速に乗り牧ノ原SAで休憩とのこと。ユキのルート選びの基準がよくわからないが、旅慣れしているユキなりの経験論があるんだろう。


 結局、トマトに話すタイミングは無いまま帰路につく。トマトはやはり少し上の空な気がする、考え過ぎかな?


 またトマトと一緒に飲み会みたいな場所で話せるといいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る