風は突然に

「ピンポーン」玄関のチャイムが鳴る。

 日曜日の朝、宗則か誰かが先日飲んだ時の忘れ物でも取りに来たのかなと思ったが、昨晩洋子と二人で映画を観ながら飲み過ぎた所為かすぐに起き上がれない。

 うつ伏せのまま「うー」っと唸っていると、洋子が「見てこようか?」と言う。半身起こしてベッドから出ていく洋子の手を「お願い」と言って軽く握る。


 部屋着兼寝巻の上にとりあえずライダースを羽織り玄関に向かう洋子。洋子がドアスコープを覗いた後、こちらに顔を出して小声で「なんか知らないおじさん」と伝えてくれていると玄関ドアをガチャガチャと触る音がする。

「え?」と洋子が言って玄関の方に向かうのと、ガチャンと音がしてドアが開くのとが同じタイミングだった。続いてガチンとチェーンの張る音。


「ひーちゃん! ってアレ?」と、この声にもこの呼ばれ方にも聞き覚えがある、あり過ぎる。そして、数日前に寝ぼけて適当に応対した父からの電話の内容が急速に頭に蘇る。

「ごめん、洋子、忘れてたっ!」飛び起きて玄関に向かう。


「パ……、父さん。ごめん今日来るって言ってたのすっかり忘れてた」と言いながら、ドアチェーンを外す。

「ひーちゃん、彼氏でも連れ込んでるとかなら想像ついたけど、まさか彼女とは……」私と洋子を交互に見てこう言ったのは現在地方に単身赴任中の私の父。

 私は下着にパーカー姿、洋子は寝巻にライダース、それにボディーピアスも含めたいかにもな洋子の風体。口にすると洋子に申し訳ないが見るからにビアン。誤解したとしても当然か。

「いや、友達。女友達! 特に親しいの。えと、毛利洋子さん。同じ大学の」

「初めまして、毛利洋子です。キョウさんとは親しくさせていただいています。あと、たまにお泊りとかさせていただいています」とお辞儀をする洋子。


 そういえば何日か前、昼寝してるときに何か荷物を取りに来るとかなんとか電話があったのを忘れていた。

「いつこっち着いたの?」

「一昨日着いて、昔のダチと朝方まで飲んでたよ」と、相変わらずの感じだ。まぁ私もさして変わらない生活。

「ひーちゃん外のバイクって?」と父。

 そうだった。父には何も言わずにGPZを私のものとして乗っている。父の性格から怒ったりは無いだろうが何も言っていなかったのも事実。

「えっと、実は色々と報告しないといけないんだけど……」


 洋子がコーヒーをいれてくれて、みんなで卓袱台を囲む。洋子は少し引いた位置。

 大型免許を取得したこと、買って貰ったニンジャ250を売って、庭先で動いていなかったGPZを修理して勝手に乗っていること(本当は色々と順序が逆だけど)、洋子とは特に仲が良くて家の合い鍵を渡していること、そんなことを話した。転かしちゃって塗替え最中なことは伏せて置いた。

「そっかそっか。いや、パパが聞いたのはカバーかかってるバイクがスポークホイールだったから何のバイクかなってのだったんだけど……」

「えっ、あ、あー。それは洋子の250TRだよ」私、とんだ先走り。

「毛利さんもバイク乗るんだ」

「はい、もともと少しだけ興味があったんですけど、キョウさんと知り合って色々教えてもらって現実味が沸いてきたというか」と洋子。


「はーっ」と思わず深いため息がでる私。

 早とちりから急な親バレ。なんか、色々と疲れてしまった。

 余程顔に出ていたのだろう。さてと言って、父が荷物を用意し始めた。

「あの、パパ。GPZのこと黙っててごめん。あと、名前のことも」

「ニンジャはパパもずっと乗ってなかったから、バイクは乗って動かしてこそだよ。ひーちゃ、いやキョウが乗ってくれてる方がニンジャにも一番いいと思うよ。あとキョウが正しいんだから、気にしなくていいよ」と父。

「もう一つ、世の中的にはこっちがニンジャでキョウが最初に乗ったのの方をニンジャ250って呼ぶ方が正しいみたいよ。GPzって言うと空冷の少し古いのが一般的かな」と続けて、このタイミングでどうでもいいことを愛すべきバイク馬鹿が教えてくれた。


 父が必要だったのは、荷物といっても書類やバイク用の上着数点などの衣類。こちらは段ボール箱にまとめてもらっておいて後日私が宅急便で送ることにした。

 翌日は仕事だというので、一時間ぐらいの滞在の後、タンデムで駅まで送っていった。いや、運転は父だったから私が送られて私が乗って帰るという。

 何年振りだろう? 父のバイクの後ろに乗るのは。パパはママと別れてからバイクに乗らなくなったハズだが、その後もタンデムをしてもらっていたような気もする。ニンジャの車検はとうに切れていたからそんな訳はないのだが、小さい頃の記憶なんて所詮そんなもんか。


 久しぶりに看板を背負わずにバイクに乗った。

 看板とか背負っちゃってバイクにどっぷりとハマっている私を父に見られるのは何となく恥ずかしかったんだ。

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