孝子とDRZ

「トマトこの前はごめん。完全に頭に血が昇ってた」


 今日の飲み会は冒頭で孝子がトマトに謝るところから始まった。トマトも「気にしていないので」とは言ってくれたが、正直私的には今回の孝子の行動はどうかと思った。

 だけど、ご隠居の為に涙を流せるみんなや、我を忘れるぐらいの突発的な怒りで動いていた孝子のことがちょっと羨ましくも感じていた。

 最近の私の感情はどうしちゃったんだろう……。


 今日集まれたのは洋子とユキ、宗則、トマト、トモくんは途中参加の予定、そして孝子。今回孝子が主役の飲み会だから当たり前だが、孝子を含めてこうやってみんなで飲むのは久しぶりで嬉しい。


 明日はDRZで来た孝子をGPZで孝子ん家まで送っていく。孝子溺愛のお父さんは古い友人と久しぶりに会うとかで迎えに来れないらしい。愛娘より旧友を選ばれたことで少しだけ孝子は機嫌悪そうに話していた。なんだかそれが可笑しかった。


「まずはDRZに慣れなきゃって思って古巣で走り込んだよ。やっぱ感覚違うから何回か転けたけど」と孝子。

「転けたのっ!?」とみんなに突っ込まれる。


 結局のところ、孝子はご隠居が事故った時に走っていた車を探して、ご隠居のDRZの方が速いと証明してやりたかっただけのことらしい。


「で、結局勝ったの?」

「いや、それがさ……」

 ご隠居が事故った日と同じ曜日の同じ時間帯に現れた走り屋風の車に、一度抜かさせてから後追いで相手が譲るまでビッタリとついて行き、相手が譲ったら今度は引き離すってのをずっと繰り返していたらしいのだが……。

「ほら、私国産車に興味ないでしょ? 何かどいつがその相手なのか、さっぱりわかんなくなって。もう全員抑えりゃいいやみたいになってきて。そんなこと続けてたら走り込んでる内に怒りも冷めてきちゃって……。あとさ、これで私が事故ってもそれも違うんじゃんかって気付いて」


 孝子も一応は知り合いに聞き込んで車種は聞いていたらしいんだけど、特にどっかのチームのステッカー貼ってるとかの特徴もなく……。

 ま、孝子らしいと言えば孝子らしいか。普段から孝子は赤い色の車しか興味がない。それですら実はあやしい。以前、跳ね馬と暴れ牛を間違えたことがあった。


「全部に勝ったんだからいいんだよ。だからあいつは胸張っていいんだよ。いいバイクに乗ってるんだって」と笑って話している孝子はポロポロと涙をこぼしていた。


「あのー、とりあえず死んじゃった訳じゃないんで」とトマトがご隠居のご両親から聞いた現状を話し始めた。

 ご隠居の手術は計2回行われて、2回とも無事に終わったらしい。難しいことはわからないが、一つで大丈夫な臓器や半分で何とかなる臓器は半分にしたりと、かなり軽量化されてしまったが、深刻な脊椎の損傷もなく回復とリハビリに時間はかかるけど、歩けなくなったりすることはないだろうと。脊椎パッドから胸部プロテクターまで、考えられる箇所はしっかりとプロテクターをつけていたからだろう。

 あと、バイクに乗れるかどうかは聞ける雰囲気ではなかったと。


「意識は戻ったの?」と洋子。

「戻ったけど、しばらく面会は家族のみだそうです。まだ記憶が曖昧で、彼女の孝子さんが面会に来てくれてないとか言ってるらしくって、お母さんから孝子さんって知ってますかとか聞かれました」

「孝子は息子さんのバイクの窃盗犯ですって教えてあげれば良かったのに」と宗則。


「トトトトトッ、キューン」と、少し離れた所で単気筒の心地良いエンジン音が止められた。少ししてからドアチャイムが鳴る。バイトを終えたトモくんが差し入れを持ってやってきた。


 トモくんが部屋に入ると、孝子は泣きながら怒っていて、宗則は笑っていて、ユキや洋子はよかったよかったと頷いている。

「あの、コレどういう状況ですか?」とトモくん。

「ご隠居、一命を取り留める、の巻?」とトモくんに経緯を説明をした。


 みんな揃ったので、宗則のアイデアというか、孝子が真夜中に盗んだバイクで走り出した後始末というか。

 これから定期的に集まれる人だけでいいから集まって、ご隠居のDRZをキレイに修理しないかって話が宗則からされた。私の方は事前に聞いていたので、場所提供も作業も大丈夫。

 それよりも何よりも、私たち学生がいつも直面する一番の問題は修理にかかる予算だ。今回接触のない単独事故で、ご隠居の任意保険には自損の車両分は入っていない。

 宗則の考えでは、毎年大学から割り振られている部費がほとんど手を付けず残っていて、そこから出していいかどうかをみんなに打診するつもりらしい。私は場所提供の相談を受けた際に聞いたのだけど、そもそも部費があること自体部長しか知らないことだし、みんなオッケーするだろうなとは思った。しかしどのくらいあるのか知らないので、修理のほとんどが外装関連とはいえ、果たして足りるのかなって疑問は残る。

 そして、それを宗則が詳しく話しはじめる前に孝子が先に口を挟んだ。


「ごめん、悪いけど週末は私バイトあるから昼間はほとんど寝てるかも。あと、手がオイルで汚れてるとかはちょっとマズくて。で、代わりというか、金で解決するみたいでちょっとアレだけど……」と。

 自分が練習中に転かした分は小さな傷だろうとそこの部分はきれいになるまでのお金を自分が払うから、作業をみんなにお願いできないか? とのことだった。

「結構な金額いっちゃいそうだけどいいの?」とユキ。

「今のバイト先時給がいいし、ドカの分はもうだいぶ前に払い終わってるし」と孝子。

 何となく丸く収まった感があるが、一瞬宗則と顔を見合わした。お互いきっと同じことを思っていたんだろう。


 孝子はDRZを転かしていない。……多分。


米:『この物語は、公道での危険走行を容認・推奨するものではありません』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る