孝子がDRZ
「へー、そこそこいいとこ住んでるじゃん」と孝子さん。
今は深夜。日が変わる頃にLINEで連絡が来て、ご隠居の家までタンデムで案内を命じられ、真っ当な感性で渋った俺は結局会うことになった孝子さんに待ち合わせ場所のコンビニで、会った瞬間に強烈なビンタをされ未だに左の頬っぺたの感覚がない。その時のセリフも「おせーよ」だけだった。キョウさん達から性格がキツイとは聞いていたが正直ここまでとは思わなかった。
今は事故現場から引き上げてきたであろうご隠居のDRZ400SMの前にいる。
おもむろに孝子さんがカバーをはぐり「やっぱキー付けっぱなしじゃーん」と言ってDRZに跨った。
「ちょ、ちょっと、孝子さん!」
「アンタも早く逃げなよ」と言ってエンジンをかける孝子さん。
クラッチを繋いですぐにフロントを浮かし気味に走り去った。
俺はヘルメットを被るのさえもどかしく、ミラーに掛けてたヘルメットを腕にとおしてそのまま急いでその場を離れた。そして自分のバイクではないとしても、俺が孝子さんが操るバイクに追いつく筈もなく……。
翌日、もちろん学食には孝子さんの姿はなかった。俺は昨晩の事を宗則先輩に相談した。
「孝子は一見無茶苦茶に見えるけど、ご隠居のバイク使って相手に復讐だとか、暴力沙汰だとかをやらかすような性格じゃないから、まずそこは安心していいと思う。……多分」と宗則先輩。
「トマトってご隠居のご両親とも面識あるんだよね?」と聞かれ、「はい」と答える。
「とりあえず、すぐに事情説明に行こう。口裏合わせてくれ」と言った宗則先輩が思いついたのは、バイク部でご隠居と仲が良くてよく面倒を見ていた先輩が、退院した時にご隠居のバイクが故障してたらあいつが悲しむからと昨日の夜に泣きながらバイクを持ち出して行ってしまったと。バイクの方はみんなで説得して今はバイク部で預かっているので、どうか許してほしいと。ご隠居が退院したらすぐに乗れるようにみんなで手入れをしたい、というシナリオ。
宗則先輩と一緒にご隠居の家に行った。中学から一緒の俺も居たので件の作り話をすぐに信じてくれて、いい友達を持ったと涙ぐむお母さんに、俺は少しばかし良心を痛めた。
昨晩、ご隠居の家は父親は会社に泊りでお母さんも病院に泊まりだったらしく、深夜の騒動時には誰もいなかったのも幸いした。
ご隠居のバイクに関しては、ご両親はバイクに乗ること自体にそういうこともあると理解はしていたので、今回のバイク修理についても「国光の回復の励みになるかもしれないなら」と言ってくれた。
その後、念のため顛末を孝子さんにLINEしておいたが、既読がついたのは随分後だった。
――2週間後、学食。
「キョウ、今日ニンジャでうちまで送ってってよ」
走り屋姿の孝子さんがおでこを腫らして現れた。
「そのくらい別にいいけど、アンタそのおでこどうしたの? あと、つまんないダジャレやめて」
「駐輪場で宗則にデコピンくらった。あと、アンタん家でご隠居のDRZピカピカにするから場所貸してって伝言を宗則から承りました」
「じゃあ、DRZで私ん家まで来てから、DRZ家に置いて、そっから孝子の家までアタシが送ればいいんじゃない?」
「んで、送るの明日でもいい?」
「なんで?」
「今日は飲もうよ! 孝子なりの弔い合戦やったんでしょ? 話聞かせてよ」
「いいけど、弔い合戦ってのはマジやめて。ダサいから」
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