スピードの先
先日同様、ユキが次のツーリングプランを練ってヒロシに相談している。
「問題は景色よねー」
「いっそふもとっぱらでキャンプってのは?」とヒロシはまだお茶漬けの話を引き摺っているようだ。
部長としての初仕事だからユキなりに熟考しているのがこちらにも伝わってくる。
そんな、いつもの学食。青い顔のトマトが現れ、開口一番「あの、こんな時にアレなんですけど、孝子さんって最近学食来てます?」と私たちに聞いてきた。青いトマトはなんとも不味そうだ。
今、学食にいるのは私と洋子、ユキとヒロシだけ。ゼロではないけど、相変わらず孝子はあまり顔を出していない。元々私たちは先代の影響で顔を合わせてのリアルコミュニケーション重視、余程の用でもない限りあまり気にならない。
トマトの顔を見詰める。単純に直感だけど、例えば何もないのに光が一瞬横切っただけでブレーキレバーに指がかかるよね? そんな感覚。
私がトマトに声を掛けなきゃいけないんだと感じた。
「トマト、こっち来て。ゆっくり話して」と隣の席の椅子を引いた。
一度深呼吸をしてからトマトが話始める。最初から最後まで誰も口を挟まなかった。それはきっとトマトがしっかりと順序だてて話してくれたからだと思う。
ご隠居が事故った。正確には、クソみたいな話だけど、警察的には単独扱いらしい。だけど気になったトマトは持ち前のコミュニケーション力で警察よりも沢山の話を色んな走り屋たちから聞いた。二輪四輪問わずに。
その結果、事故当日に対向車線ですれ違ったり、同じタイミングで走っていて救急に連絡してくれた人まで辿り着いた。その人たちの話を総合すると(あくまでもその人たちが目撃した印象によるものだけど)、一人で奥多摩を走り込んでいたご隠居は後ろから来た走り屋風の車に早めに道を譲ったらしい。だが相手の抜き方が挑発的でご隠居は一瞬で頭に血が昇り追いかけてしまった。バトル中にご隠居が並んだタイミングで走り屋の車両のテールが流れ、回避しようとしたご隠居はそのままバイクがガードレールの隙間に突っ込む形で引っ掛かり、リーンアウトしていた本人はガードレールを支点に反対側にぐちゃりと曲がってしまった。
接触もしていないし、警察のいうとおり自己責任の単独事故だ。車側は気づいていない可能性だってある。
トマトはご隠居と中学からの友達でご両親にも会ったことがある。事故の翌々日にお母さんから連絡を貰ったそうだ。
「いくつか臓器がダメになってるみたいで、手術終わったばっかでまだ意識もないし面会は出来ないんで、俺の独断ですけど、ご隠居がどうして欲しいかじゃなくて、わかんないけど孝子さんには伝えなきゃって」と話しながら涙を流しているトマト。洋子もユキもヒロシも静かに涙を流している。
今、この場で涙を流していないのは私だけだ。
いや、もう一人いた。おそらく途中から話を聞いていたであろう、トマトの後ろでサンドイッチを握ったまま立ち尽くしている孝子。
「宗則は?」と孝子。いきなり後ろから声をかけられて驚いたトマトが、ここに来る前に駐輪場で宗則に会って話した後、病院名だけ聞いていなくなったと告げる。宗則らしい。でもそもそも面会謝絶でしょって話。
……なんだけど。頭よりも体が先に動く宗則が羨ましい。
私は驚いたり悲しかったり腹が立ったり、色んな感情が沸いているのはわかるんだけど、なんだろう、ギアが入らない。ずっとニュートラルのままだ。悲しみが涙にシフトしない、怒りが身体を突き動かさない。
「何曜日の話?」と冷たい口調で孝子がトマトに尋ねた。
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