孝子のこと、千宏ちゃんのこと

「寂しかったんだよ」

 私がみんなに話してるのは孝子のこと。


 正月、孝子と二人で星空の下で交わした二言三言の会話。バイクにずっと乗ってるかどうかはわからないって言った孝子の言葉が寂しかったんじゃない。そう言った孝子に怒れない、悲しいと感じない自分の気持ちを寂しく思った。


 だから結局私がみんなに話しているのは私の話かもしれない。

 こういう話は面白くないだろう。だからいつも話さないように心の奥にしまっている。だけど今日はいつもより飲み過ぎて心から溢れてしまった。もしかしたらトマトならこういう話を聞いてくれるかもしれないっていう期待もあったのだろう。


「キョウはなんで孝子さんや宗則さんに同じチーム看板で走ろうって誘わなかったの? 孝子さんがずっと乗りたいってきっかけにはなったんじゃない?」と洋子。


「そうなったら嬉しいって気持ちはあるけど、そういうんじゃないって気持ちの方が強いんだ。孝子はアタシのダチだけど、それよりも何よりも〝憧れ〟なんだ。だからアタシからは言い出せなかった」


 そう言いながら、隣で飲んでいる洋子の肩にもたれ掛かる。私、そうとう酔ってるなと思う。だけどこれだけは伝えたかった。「だから洋子が一緒の看板って言ってくれたのすごく嬉しかった」と洋子の耳元で小声で囁く。耳元過ぎて洋子のトラガスなんこつピアスに唇が触れる。耳が弱点なのか一瞬ぷるっと震える洋子。


 思えば私は男子顔負けにバイクを速く走らせる孝子にいつも憧れの感情を抱いていた。口ではバイクに乗ることで女扱いされたくないと息巻いているけど、やっぱり男の宗則に峠で追いつけないのはどこか当然だって割り切れてた。だからこそ〝バイクを速く走らせる〟それが出来てる孝子には憧れた。

 頭ではバイクを好きって気持ちが一番、スピードだけがバイクじゃないってわかってはいるんだけど、やっぱりダメなんだ。若い私は孝子の速さに憧れる。男を捻じ伏せる速さを焦がれる。


 今はまだまだ若い私の心。いろんな感情を経験した上で、北海道で会った福原さんみたいにいつか達観したい、そういう気持ちの現れがこの看板を背負おうと決めたきっかけなんだと思う。

 孝子みたいな突風じゃない、ゆっくりとそよぐ風。

 地獄の天使みたいな名前やスカルのイラストだったら、いくら背負っているのが福原さんだったとしても、そうは思わなかっただろう。


「キョウの感じてる寂しさはキョウが大人になったってことなんじゃないの?」と宗則。

「そうかも知れない。福原さんもそういう所があったと思う」

 バイクを好きだけど、自分の気持ちや価値観を人に押し付けない、諦めているけど本当は諦めきれてない。福原さんだってきっとそうだった筈だ。


「あのー、その福原さんって?」とトマトが聞く。

「北海道で知り合った、アタシに自分でチームでも作ってみなよって言ったおじさんだよ」

「因みにその人とは、その後……」とトマト。

「一夜限りの関係だよ」トマトに少し餅を焼かせようとしたが

「あ、これは何もロマンス的なのはなかったね、きっと」と洋子がネタバレをする。

「その辺、詳しく聞いてなかったけど北海道でそんなことがあったんだ。そういう出会いとかって漫画だけかと思ってたよ」と宗則。

「実際は本人が知らないうちに出会いがあって、気付かずにフラグを立ててたりとかするもんですよ」とトマトが宗則を見て微笑む。


「あっ、そうだ! すいませんっ! 話変わりますが、僕の同期でバイク部に興味があるって子がいるんですけど……」とトマト。そういえば、洋子に相談があるってトマトが言っていたなと思い出す。話の流れしゅかんが私からトマトに変わる。


――洋子先輩に免許のない千宏ちゃんのことを相談しようと思ってたんだった。普通に飲み会しててどうする俺。

 千宏ちゃんが気になってる当人の宗則先輩がいるのは想定外だったけど、それならそれで宗則先輩の好みのタイプとか、千宏ちゃんに有益な情報を聞き出せるかもしれない。


「ただ、バイクの免許、原付50ccしか持ってないんですよね」

「確かにそれだとツーリング参加は厳しいかもなー」と宗則先輩。

「ですよねー。洋子先輩って免許取ってすぐなんですよね? その辺りの話を参考に聞きたくて」

「私の時は免許取る前に先に入部してたなぁ。最初からバイク乗る前提だったから。その子って、バイク部に興味があるの? バイクに興味があるの?」と洋子先輩。鋭い。

 今はスクーターに乗ってて、俺がバイク部で楽しそうだから興味が沸いたってことにした。前者だね。あとで千宏ちゃんに口裏合わせのLINEを送っておこう。


「そしたらとりあえず飲み会とかに呼んでバイクの話とかツーリングの話とかみんなで話して、興味が沸けば免許考えたら?」とキョウさん。

 俺からしたらキョウさんだって十分大人だと感じる。なんていうか、いい感じにゆるくって型にハマってない自然体なんだよなぁ。

「あ、けど未成年だから飲み会はダメか」とキョウさん。それでいて変に生真面目。


「って、あれ? トマト?」と、キョウさん。

 こういうやや抜けてる所も年上だけどかわいいと感じてしまう。


米:『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

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