無金利ローン

 いつもお世話になっている大型バイク用品店でパーツを物色していると目についたのが無金利ローンの文字。耳を澄ませば店内アナウンスも定期的に伝えている。なんと取り寄せ商品も対象とある。

 無金利ローン……あぁ、なんて甘美な響き!

ちょうど1月から3月の第一週まででまさに今でしょって絶好のタイミングだ。

 まずは一度家に帰ってから、必要な物をしっかりと書き出してから明日また来よう。落ち着いてリストアップしなきゃだから夜お酒を飲みながらやろう。

 こんな時、まず最初に頭に浮かんでくるのが宗則の顔。一緒にリストアップ出来たら楽しいだろうし、頼りになる。店内から駐輪場へ出て一度スマホかタバコか迷ってから喫煙場所へ向かう。

 タバコに火をつけてからスマホを見ると洋子からの着信があったのに気付いた。


「ごめん、着信今気付いた。何?」

「夜一緒にお酒でもどうかなーって思って……」と、洋子からの用件は一緒にお酒を飲まないかという内容だった。GPZのサス関連で宗則をこれから誘おうと思っていたことを伝えて、3人でもいいかと聞いたけど洋子の反応は微妙。

「私、お邪魔じゃない?」と。


 電話ではすぐに「そんなことないよ」と答え、夜に家に集合と言って通話終了ボタンを押したが、洋子の一言が引っかかって宗則に電話を出来なかった。


 バイク用品店からまっすぐ家に帰り、洋子が来る前にGPZのリアホイール換装に必要なパーツのリストアップを済ませようとしたが気持ちがもやもやして捗らない。

 パソコンデスクに座ってバイク用品通販サイトでGPZのパーツ検索結果を眺めたままぼーっとしているとチャイムが鳴った。パソコン画面の右下を見ると既に1時間以上経っていた。

 エンジン音にも気付かなかったとは、ぼーっとしすぎでしょ私。


 急いで玄関に行きドアを開ける。

「お疲れ」といつも通りの挨拶をいつもと違うテンションでしてしまう私。

「宗典さんは? まだ来てないの?」と洋子。外にCBが無いから当然の反応よね。

「あっ、と。何か用事があるとかで今日は来れないって」と言う私。洋子は上目遣いで黙ってこちらを見ている。

「いや、ごめん。ホントは声かけてない」洋子は勘が鋭い、すぐに本当のことを話した。

 とりあえず上がって貰い、ギクシャクしたまま言葉を選んでいると、洋子からため息と共に「お酒ちょうだい」と一言。グレンフィディックとタンブラーを二つ持ってきたら、黙って受け取りドボドボと注いでそのまま煽るように飲み干し、私に瓶を差し出す洋子。

 瓶を受け取り、自分のグラスにやはりドボドボと注いでこちらも同じように飲み干して、洋子に瓶を差し出した。お互い2杯づつ飲み干した後、3杯目を注いで口を付けずにいると洋子から話しはじめた。


「電話で変なこと言ってごめん」と洋子。

「アタシもさっきはウソついてごめん」

「あとアタシは宗則の事は恋愛感情とかそういうのはないから」

「それは私もわかってる。私が気にしてるのはもっと別のことだよ」

 洋子が自分がお邪魔じゃないかと言ったのは、バイクの話をしている時の私と宗則はいつも本当に楽しそうで、バイクの知識がない洋子はただひたすら眺めているしかなく、知らない事がある度に自分が質問していると二人の話が自分の所為で進まないのではないかって事だった。

 それについては、正直少しだけそう感じている私がいた。黙っていると洋子は俯いたままで小刻みに肩を震わせはじめた。洋子のジーンズの膝の辺りにポタポタと涙の跡がついた。

「洋子……」なんて声を掛ければいいのかわからない。

「あのねキョウ、この前バイクに乗るのに言いにくいって事を私の為に話してくれたよね」そう言ってから、洋子は泣きじゃくりながらゆっくり話してくれた。それはバイクの話ではなかった。

 洋子の話は、宗則の事やヒロシの事を信頼していない訳ではないけど、もう少し私に警戒心を持って男性と接して欲しいって内容だった。二人きりで自宅でお酒を飲んだり、泊まったりって時に、私にその気が無くても男性の方に魔が刺したら腕力では勝てないし、世の中には本当に酷い人間がいて、飲み物に薬を入れられる事だってある、そうやって性被害に遭っている女の子が現実にいるって事を常に頭の片隅に置いておいて欲しいと。


 そこまで話した後、洋子は三杯目を半分くらい飲んで俯いたまま黙ってしまった。静かな部屋に洋子が鼻をすする音が定期的に響く。私は洋子に近づいてそっと洋子の手に私の手を重ねた。

「洋子、ありがとう。アタシもすぐにはピンと来ないと思う……けど、頭の片隅に今日の洋子の言葉を置いとく」そう言って、ずっと泣いたままの洋子の頭に腕を回して私の胸に引き寄せて抱きしめた。いつまでも嗚咽している洋子をさらに強く抱きしめた。


 10分ぐらい経っただろうか、洋子の身体が急にずんと重くなり私の胸の中で泣き止んだ洋子はそのまま寝息を立てはじめた。洋子を抱きしめたままずりずりと壁際まで移動して私も背中を壁にもたれかけた。


 洋子が男子を苦手なのは女子高だった以外に何か他の理由があるのかも知れない。だけど私はそれ以上は何も考えないようにした。洋子を抱きしめたまま目をつむった。

 涙が出ている実感はなかったが、閉じた瞼から涙が一滴だけ私の頬を伝って、洋子の頭に落ちた。


 今日の記憶はここまで。明日私はきっと夢見が悪い。

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