新年会

 バイク神社の長髪の神主さんの話が面白くて、お守り以外買う予定はなかったのだけど、テルテル坊主も買ってしまった。究極晴れ男の宗則も買っていたが意味あるのか?


 茨木の宗則の実家に戻り、実家の車と仕事用の軽自動車を借りて近所のスーパー銭湯へ向かった。

 孝子とユキとは以前一緒にスーパー銭湯へ行ったことがあったが、洋子とは初めて。洋子は耳以外にも脱がないとわからない箇所にボディピアスがついていて、私とユキは「そんなところに開けて痛くないのっ?」と驚いたが、孝子は「別に珍しくないでしょ」と普通の反応だった。


 男子チームと休憩室で落ち合う時間を決めていたので、全部の湯船を堪能できずにお風呂を上がる。休憩室に行くと男子は全員無料のマッサージチェアに身体を揺すられていた。

 宗則の実家に戻るとお店の大部屋で新年会用にお酒や食事が用意されていて、お風呂上りに「ここが天国か」とみんなで深々と頭を下げてお礼の気持ちを精一杯伝えた。


 宗則が立ち上がったので乾杯の音頭を取るのかと思いきや「手短に話すからちょっと聞いて欲しい」と言って話し始めた。

「来年度、俺らはなかなか参加できないかもだけど、ツーリングやなんかは一応声かけて欲しい。んで、来年はユキに部長をやってもらおうと思う」と言ってユキと変わり、半分料理に目が行って泳いでいるユキから「えー、来年から宜しくお願いしますー。抱負と致しましては折角の料理が冷めないうちにー、みんなが楽しめるようなツーリングをー、かんぱーい!」と本当に簡単な抱負で新年会が始まった。


 どの料理もすごく美味しくて、お酒も進んだ。途中から宗則のお父さんも一緒に飲んで盛り上がった。お父さんも昔バイクに乗っていてよく峠に行っていたらしく、一升瓶を抱えた孝子やご隠居とずっと話し込んでいた。

 ユキは宗則から事前に話を聞いていたみたいだけど、正式な発表が済んで、決意に満ちたいい顔をしている。トモくんとサークルの今後について熱く語り合っている。

 気のせいかも知れないが、トモくんは哲子さんへの片想いが終わってから少しだけ成長したと思う。前よりちょっとだけ男らしく……ん?

「トモくん、ちょっと立ってみて!」

「えっ? あ、はい」私に急に立てと言われて気をつけの姿勢で立ち上がるトモくん。キスできるくらいの距離の真正面に立つ私。

 やはり。

「トモくん身長伸びてない?」

「そ、そうなんです、実は」

 この半年くらいで2〜3センチほど伸びたとか。まだ男子的には低い部類かもだけど、成長して見えたのは物理的にってのもあったのか。


 みんなで色々な話をして盛り上がって沢山お酒を飲んだ。

 今回宗則のご両親が全部振る舞ってくれるという話だが、孝子の酒量と懐の深さいぶくろを知らないから言えたんだと思う。来年は怪しいだろう。


 宴は深夜まで続き、気付いたら潰れていないのは私と孝子の二人だけ。一応割り振られている女子部屋に洋子とユキを代わりばんこで一緒に運んで適当に敷いた布団に適当に転がす。


 二人で静かに外に出てタバコに火を点ける。

「孝子、将来の夢とかってある?」

「いきなりだね。特にないなー、けどそろそろ考えないとか」

「アンタは?」

「アタシも特にないなー。なにかしらバイクに関われる仕事だといいなとは思うけど」とは言ってみたが、趣味を仕事にするっていうのは実際は厳しいだろうなとは思っている。ゆっくりとだが近づく現実。

「ただ、バイクはずっと乗っていられたらいいなとは思ってる」これは私の根底にある気持ちだ。将来どんな仕事に就くのかわからない。だけどどんな形であれバイクには乗っていたい。

「バイクか……。アンタらしいね。私は正直ずっと乗っているかどうかわからない」と孝子。

 以前の私なら孝子の言葉にショックを受けて、怒ったり、悲しんだり、噛みついたりしたかもしれない。けど、今の私には孝子の言葉がどこにも引っかからずに心の中の〝そんなもんか置き場〟に落ちていった。


 夜空を見上げると神奈川よりも沢山の星が輝いていることに気付いた。

 怒れない、悲しめなくなってしまったことが寂しい。

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