古民家カフェ

 作業が終わり、試走も兼ねて少し遅めの昼食を食べに行くことにした。

 宗則を誘いたかったのもあり、私の提案で、洋子と次に行くならと話していた厚木の古民家を改装したカフェへ。


 行き先がカフェと決まった途端に洋子がいそいそと準備を始める。持ってきていた荷物の中からいつも着ているダブルのライダースジャケットを出す。

 なるほど、大荷物の半分はそれか、と納得している私に洋子が「実は完成したんだよ!」とライダースの背中を広げて見せる。

 そこには、白と金の2色のみの配色で作成された〝GentleBreeze〟の看板が直に描かれていた。

「えーっ! 何コレ! 洋子自分で描いたの?」

「うん、色々調べてみたら革ジャンにアクリル絵の具使えば普通に描けるみたいで」と、そもそも洋子のデザインだし、元々絵が描けるってことで何を使えばいいのかさえわかれば出来てしまうみたいだ。

 普通にと言われても、もちろん私には出来ない。


 本当は夜に飲み会になるだろうと思って、その時に披露するつもりだったらしいが、以前洋子の『G.B.』看板が出来た暁には一緒にライダーズカフェに行こうと話していたので慌てて出してきた洋子だった。


 古民家カフェには国道129号を登っていく。今日は洋子を挟んで私が先導宗則がしんがり。

 洋子と二人初めてお揃いの看板を背負って走る。恥ずかしいような嬉しいようなこそばゆい気持ち。洋子はどんな気持ちで走っているんだろう?


 カフェに着いたのは2時過ぎだが、店内は混んでいて、店員さんに「奥の座敷に相席で良いですか」と聞かれ「大丈夫ですよ」と答える。

 座敷の先客は親子だろうか、私の父親ぐらいの年齢の男性と私と同じ年ぐらいの女性。会釈をして対面に横並びで座った。


 民家を改装したというだけあって、正に居間といった部屋はヘルメットや革ジャンを脱いで傍らに置けるので、寒さを防ぐために重装備になりがちなこの季節ではテーブル席よりありがたかった。

 まずはみんなでざる蕎麦を頼み、食後にホットコーヒー、洋子は初めてのバイク整備で疲れた体にご褒美を上げたいとさらにチーズケーキも追加した。私は別腹がない女子だが、洋子は別腹があるタイプのようだ。


 普段、食べている蕎麦と比べ、ここで食べた蕎麦は格別だった。家で茹でて食べる乾麺の蕎麦などと比べるのもどうかと思うがそれ以外に判断基準がない。

 洋子も宗則も上機嫌だ。私は向かいの席の、親子だと思っていた女の態度の所為で不機嫌だったが表に出さないように努めた。


 ボディタッチが多く、男性を見る目つきも男を誘うような上目遣い、こういう男にあからさまに媚びを売るタイプの女が嫌いだ。援助交際じゃないのかとかそんなことまで考えてしまう。私自身が美人ではないというひがみも当然入ってはいるだろうがそれ以前に、女の価値を自ら下げているのはこういう女だと思って苛ついてしまう。


 私たちに食後のコーヒーが運ばれてくるタイミングで、向かいの男女が食事を終え席を立った。男性の腕に自分の胸を押しつけるように腕を組みながら歩いていく後ろ姿で私の苛つきは頂点に達した。それをガン見している宗則にも。

「ちょっと一服してきます」と言って席を立とうとしたが、

「待って」と言って洋子が、立ち上がろうとした私の腕を掴みもう一度座らせた。

「何ッ?」と語尾を荒げる。

「ちょっと落ち着いて、入れたてのコーヒーでも飲んでからにして」と洋子。

「だから何で?」

「今、一服に行ったら、さっきの人たちが喫煙者だったらタイミング一緒になっちゃうよ、冷静でいられるの? それにせっかく美味しそうなコーヒーが入れたてなんだから」とすっかり洋子に見透かされていた。

「ごめん、ちょっと頭に血が昇ってたから冷ましたかった」

「美味しいコーヒーでも飲めば冷めるよ」

 座り直して、ゆっくりと薫りを吸い込んでからコーヒーを飲み込んだ。鎌倉のカフェで飲んだのよりアメリカンと言うのかな? コーヒー感が薄いが香りはしっかりとある。


 確かに、すぅっと怒りが引いていくのを感じた。だけど、これはコーヒーの効果じゃなくて洋子のおかげだと思うよ。洋子が横でやはり一口コーヒーを飲んで私に微笑む。


「どうしたのキョウ?」と宗則。

「オンナオンナした美人にちょっと卑屈になっただけですよ」と私の代わりに的確に答える洋子。

「別にそんなに美人ではなかったような」と宗則。

「キョウだって卑屈になるほど見た目悪くは無いでしょ」と続ける。

 こいつはお世辞や社交辞令を言うタイプではないので、この発言をどう捉えていいのか悩む。冗談は偶に言うが、もし本気ならもしかして私のことまんざらでもないって思ってるのか?

「さっきの人がZX-10Rぐらいだとして、キョウだってGPZ900Rくらいはイケてるよ」と宗則。おどけていない、真面目に言ってる……。


「一服行ってきます」と席を立つ私。

「コーヒーも飲んだし、いいと思う」と洋子。

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