バイク乗りの楽園
お
まだ午前中だから出発感があるが、正確には折り返しだから帰路に着いたという方が正しい。
来た道を戻りつつ、ライダーズカフェを目指す。
そして着いた時の洋子の嬉しそうな顔ったらなかったね。
薪ストーブをみんなで眺めながらコーヒーを飲んでいると「ちょっと相談があるんだけど……」と宗則が話し始めた。
洋子にスケッチブックを出してもらい『TT-W』のお揃いのパッチの話をする宗則。デザインは前回の飲み会で見たものをブラッシュアップして着色されたもの、大パッチと小パッチとがあり、シール用に縁取りがされた小パッチと同じデザインのものも追加されている。
「一応、みんなの意向を聞いておこうかと思って。あと、トマトとご隠居はまず入部するかどうかからなんだけど」
基本的にうちの勧誘方針は緩い。私と孝子が2年以上入部しないまま、ツーリングに出ていたぐらいだし。
「私はツーリング用の帆布のベストが欲しかったから、いい機会だからそれ用に大きいやつでー、あとカタナに貼るシールもー」とユキ。
「僕は大きいやつで。何につけるかは悩んでるところです」とトモくん。
「え? これ洋子先輩がデザインしたんですか? 才能ヤバくないですか?」とトマト。そして照れる洋子。
「私と、あとアンタも小さいやつでしょ?」と孝子が私の方に顎をクイと向ける。
「俺も小さい方がいいです。実は俺、孝子さんとお揃いのトレーナー着たいかなぁ~なんつって」と孝子の機嫌を伺うようにご隠居が話す。
「いいんじゃね?」と即答の孝子。
「えぇっ?」と何故かその返事にトマトが反応した。
トマト曰く、奥多摩でちょこちょこそういうことを孝子に持ち掛ける輩はいたらしく。だけど、孝子がことごとくそれを断っていたみたいで。
挙句の果てには孝子に峠勝負で勝ったらとか、まことしやかに噂されていたとか。あと男連中の中には下品な景品を勝手に上乗せして噂しているやつもいたとか……。
「別にそんなんじゃねーよ。ただなんとなく自分の中で大事な看板だっただけだよ。んでも最近そいつ見てるとそういうのもダサいかなって思い始めてさ。楽しけりゃなんでもいいかって」と言って再び顎で私を指す孝子。
「お前楽しそうだからいいんじゃね?」と今度はご隠居を顎で指す。
どうでもいいが新しいバイトを始めてから孝子の態度が何となく横柄というか、偉そうというか、どっちもしっくりこないが、強いて言えば女王様っぽいってのが一番近いか? キャバ譲とかやって男にチヤホヤされるとみんなそうなってしまうものなのか……。
「ただし、私と同じチーム看板背負うなら、もっとバイクも自分も大切に攻めな。
アンタこの前椿行った後にソロで転けてるでしょ? DRに傷が増えてるし、アンタもびっこ引いてるじゃん? 転けてもいいようにバイクに色々スライダーとかガードつけてるのはわかるけどさ」と言いながら、
「転けずに、慎重に少しずつ磨くんだよ、バイクもアンタも壊れちゃ意味ないじゃん」と恰好を付けて締める孝子。
「かっこいいです、孝子さん! 本でも出しましょうよ〝孝子のライディング哲学〟みたいな」と折角の忠告に対してこの軽いノリのご隠居。
「なんだよその昭和センス、無い方がマシだよ」とご隠居と同次元で馬が合う孝子。二人とも
そして確かに大変いいことを言ってはいるが、ソレを900SS一発廃車にした
「アンタは?」と今度はトマトを顎で指す孝子。
「俺は、サークルのやつで。でかい方で」とトマト。
「んでも、キョウさんのは小さいパッチとかないんですか?」と続ける。
「アタシのは考えてなかったな、そういえば」と洋子の方を一瞬見てしまう。
「創る?」と洋子が言うが、「一人看……いや、うちは中小だから作らなくていいよ」と返す。
「もしあるなら、TT-Wの大きいのとキョウさんの小さいやつ付けたかったっス」とトマト。
「アタシは適当だから。気にせず一緒に走ろうよ」
「やっぱり、キョウさんのそういう普段着的なのしっくりきます」とトマト。
「ん、センキュ」
孝子の真似をして軽く返したつもりだったけど、トマトの小さいパッチ分の気持ちが嬉しくて、少しだけ声が弾んでしまったのが恥ずかしかった。
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