沼津港

 12月最初の日曜の朝。

 サークル企画のツーリング日。だけど、朝の6時に集合って。


 基本的にうちのサークルのツーリングは駐輪場が出発地点で、帰りは流れ解散が多い。前に北海道から帰ってきたときは、なんかみんな変なスイッチ入っちゃってて、大洗から大学の駐輪場まで走ってから解散になったけど。


 今回の目的地は静岡県の沼津港にある市場。朝食に海鮮丼を食べに行く。

 参加者は、私・洋子・ユキ・宗則・トモくん・トマト・ご隠居、そして孝子、の筈なんだけど……。時計の針は6時30分を指しているが駐車場に孝子の姿はない。


 一応LINEは送ったけど、20分経過しても未だに既読はついていない。

 宗則が慣れない手つきで先に出る旨を入力している最中に既読がつき、速攻で返事が来た。

「ごめん今起きたから先に出発してて! 西湘か椿辺りで追いつく!」と妖艶なアイコンの孝子LINE。

「了解しました。事故だけは気を付けてください!」と手慣れた手つきでトモくんが返す。アイコンは国民的イケメンアイドル俳優。

 宗則が無表情で打ちかけていたメッセージを削除し「行きますか」と出発の合図。

 因みに本日ヒロシはバイト。

 トマトとご隠居は仮入部的な扱いだが、二人ともちょくちょく学食で一緒に過ごしているので既にみんなとは顔なじみだ。


 出発してからしばらく走り西湘バイパス。走行車線を走るトラックの速度はわざわざ抜いていく程でもない微妙な速度だったので後ろについて千鳥走行をしていると、追越車線をすごい勢いで黄色い線が通過していった。

 抜いた瞬間こちらに気付いたのか、リアタイヤから煙を出しながら道路に盛大にブラックマークをつけて急ブレーキをかけ速度を落とすドカティ748R。タンデム席辺りのマッハボーイもブレーキに連動して赤く点灯している。

 追いつく前提で飛ばすつもりだったのか、朝食を食べに行くツーリングにも関わらず、革ツナギにバカデカデュフューザーとイタチの尻尾付きフルフェイス、『B.G.』プリントの袖切りトレーナーという、いつもの走り屋スタイルの孝子が登場だ。

 相変わらず知り合いじゃ無ければまず関わりたくない恰好。

 追越車線からウインカーを出して隊列に合流する孝子。しんがりが私から孝子にシフトする。


 西湘バイパスを抜けると湯河原から大観山を目指し道を反れて、椿ラインを気持ちよく流す程度の速度にとどめて上り始める。Uターンスポット手前で孝子は私の隣に並び、人差し指と中指をたてて一服するゼスチャーを見せて一度離脱する。本当に一服する訳ではないのだろう。少し時間を置いて速めのペースで一本攻めたいだけだ。私の前を走っていたご隠居もバックミラーで孝子の離脱に気付いたのか、私の横まで下がってきて、やはり一服する仕草を見せながら離脱。一服はダメと私も手を振るゼスチャーで返したが果たしてご隠居に伝わったかどうか。


 大観山PAで先頭の宗則が右ウインカーを出して右折のタイミングを計る。後ろからかなり高回転まで回している単気筒と二気筒の音が連なって近づいてくる。宗則が右折する頃には最後尾に何事もなかったように合流済みの孝子とご隠居の姿。

 みんなで一度休憩に入るが、休憩はトイレと一服のみで、すぐに出発する。


 休憩に入った時は洋子が疲れていないかどうかが気になったけど、洋子はそれほど疲れている様子もなく、どちらかというとトモくんの方が疲れて見えた。考えてみれば、排気量と走行距離を考えるとトモくんが一番大変なのかもしれない。安い方のターンパイクを通り、1号線をメインに沼津港を目指した。

 ターンパイク出口では洋子が大型ライダーズカフェを気にしている様子だった。帰りにみんなで寄ってみても良さそう。


 沼津港には9時過ぎに到着し、漁師っぽい人にバイクを停める場所を聞いてバイクを停めた。目的の店に向かうが全員でまとめて座るには少し待つようで、今回はトマトとご隠居との交流も目的なので、宗則の判断で少し待ってから入店することにした。


 目当ては海鮮丼だったが、お店名物のでっかいかき揚げ丼のインパクトにやられてしまい洋子以外みんなかき揚げ丼を注文した。洋子は食べきれなそうだからと、刺身盛り合わせを単品注文。料理が届いてから15分後には、みんな洋子の選択が正しかったと思い知らされた。

 今日のメンバーの中では、てきに一番食べそうなユキの方に目をやると、やや苦しそうにだけどなんとか完食できそうなペースで食べ進んでいる。男子もぎりぎり問題なさそうなペースで食べている。トモくんは少し苦しそうだ。孝子はというと既に食べ終わっている。さらに食べ足りないのか、メニューを眺めている。


「孝子、良く入るね」と聞くと、私とトモくんに「入んないんだったら食べようか?」と涼しげな顔で言ってくる。

「私でもぎりぎりだよー」とユキ。

「あんたいつも昼サンドイッチだけじゃなかった?」と私。

「あー、食べても食べなくても変わらないんだよね」と、そっけない口調で孝子が言うには、食べるといくらでも入るし、食べなくてもお腹が空く訳ではないとか。

「それでなんでそんなに細いのー孝子ちゃん?」

「なんか胃下垂みたい」

「あー、フードファイター的なやつですね」

「う、うらやましい」×2


 結局、私とトモくんが食べきれない分を孝子が食べてくれた。

 なんとなく小学校に戻った気分。

 父と母が離婚する前、小学校の頃の私は、よく母に食べてもらったことがあったなと思い出していた。

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