無派閥
駐輪場で話をした翌日。
お昼休みに学食で私を見つけたトマトはサークルでたむろしている辺りに来て気さくに話しかけてくれた。
友達のご隠居とやらに孝子のことを話したら随分と乗り気だった様子で、大学はサボり気味なのに一緒に峠に走りに行くなら顔出しますとか言っているとのことだ。
早速孝子と連絡をとって、トントン拍子で日時が決まった。それもなんと翌日。
早い時間に孝子とトマトとご隠居と駐輪場で待ち合わせた後、はじめましてもそこそこにすぐに出発し一路箱根を目指す。
因みにこの日駐輪場で初めて会ったご隠居のバイクはスズキDRZ400SM。
いつも通り西湘バイパス以外は下道で、その隊列のまま孝子、ご隠居、私、トマトの順で椿ラインを登り始めたが、孝子は1本目からハイペースでスタートした。孝子のいつものルーティーンの片車線でのフルバンクスラロームが無いから、まだスイッチは入っていないと思うけど。
数コーナーで離されてしまったが、ご隠居の乗るモタードと呼ばれるタイプのバイクと峠で一緒になるのは初めてだった。先頭を走る孝子に突っ込みで追い抜きそうなくらいの遅めのブレーキングから一気に深く寝かし込みリアタイヤを滑らしながらフロントの向きをコーナーの出口に合わせ直角にコーナーを曲がっていく、私たちとまるで違うライン取り。コーナーの出口が見えたらややフロントを浮かせながら一気に加速するご隠居のモタードだが、バンクしたままコーナー出口まできれいに加速を乗せていく孝子の立ち上がりには追いつけず二人は均衡したまま次のコーナーに向かう。コーナーとコーナーを繋ぐ直線がやや長いとすぐに孝子がご隠居を引き離すが、次のコーナー入り口でおそらくご隠居が追いつくのを待っている様子。
こちらが登りでしとどの窟前のコーナーを曲がる頃、Uターンを終えて下ってきた孝子とご隠居はしとどの窟に入らずに二本目に突入してしまった。
私は集中力とニコチンが切れたので少し先でUターンした後、ウインカーを出して休憩に入った。すぐ後をついてきていたトマトもウインカーを出して休憩に入ってきた。
二人で「ぷぃーっ」っといいながらメットを脱ぐ。
「二本目行かなくてよかったの?」タバコに火をつけながら聞く。
「ご隠居が峠好きだから一緒に来てるけど、あいつほど集中力無いし、俺はあいつほどハマってる訳でもないんで」と言うトマト。
「じゃどういうのが好きなの?」
「どういうのも好きだし、どういうのも好きじゃないんです」はて、哲学科うちの大学にあったっけ?
「キョウさんはツーリング好きだからサークル入ってるんですか?」
「行けば楽しいけど、アタシ一人では行かないなぁ、強いて言えばバイクに関する色んなことが好きで入ってる感じ」と答える私に「俺もそんな感じです」とトマト。
トマトは、どれもそこまで好きじゃないけど、峠にしてもツーリングにしても行けば必ず楽しいし、これが一番好きとは決められないらしい。
「よく〝なになに派〟って言う人いるじゃないですか? 俺は勿体なくてそんな風に決めちゃいたくないんです」と言って笑うトマト。
「あはは、おもしろいね、トマトって」この子は私にきっといい影響を与えてくれる。そんな予感がした。
「ね、良かったらサークル入部考えといてよ、アタシは歓迎派」と言ったら「あはは」と笑うトマト。
二本目が終わり、孝子とご隠居がしとどの窟に入ってくる。
バイクを停めメットを脱ぐ孝子とご隠居。孝子は頭をプルプルと振った後、頭をわしわしと手で掻いて、セミロングの緩やかなウェーブヘアをヘアゴムで雑に後ろでまとめた。
ウエストポーチからタバコを出して火をつける孝子。ご隠居に「吸う?」とソフトケースを軽く振って器用に一本だけタバコを覗かして差し出す。
「あ、あざーす」と受け取ろうとするご隠居に「ちょっと!」と声をかける。
「へ、あ、そうでした、未成年です」と、とぼけるご隠居。
「いやー、孝子さんやっぱ速いですねー」ばつが悪そうに話題を変えるご隠居。
「よく言うよ、普通についてきてたじゃん」と機嫌良さそうな孝子。
孝子は900SSをここで廃車にしてから、走りに行くのは箱根メインになった。
孝子はよく宗則の方が自分より速いと言っているが、実際二人とも競争をしている訳ではなく、お互いに走りながら自分の納得できる走りをできているかどうかで話をしているみたいで、宗則は宗則で孝子の方が速いと言っている。
まぁ、私からしたら二人ともついて行けないレベルだから二人とも速いとしかわかんないんだけどね。
「アプリリアはどうしたんですか?」と聞くご隠居に
「大型の旧車でいい走りするやつがいてさ、そいつの影響で私も大型の旧車でいっちょやってみるかなって」
「748も確かに旧車っていえば旧車ですけど、そこまでじゃないですよね」
「最初は900SSでと思ってたんだけどね、裏返ったら748に成っちゃった」
「将棋ですかw」と笑うご隠居。しかし孝子の言ってることに嘘はない。
この日はペース的に私とトマト、孝子とご隠居で前後を入れ替えながらもう二〜三本走り、孝子の奢りでターンパイクを下って帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます