トマトとご隠居

 孝子と同じタイミングで駐輪場で会うのは久しぶり。


 お互いにまずはタバコに火をつける。

「まだバイト忙しいの?」と聞く。

「ドカの納車整備代はパパに返したよ。バイトはママさんやスタッフのみんなと一緒に仕事するのが充実してるから続けてる感じよ」元々はお父さんの748Rを譲ってもらう時の整備代捻出から始めた孝子のバイトだが、孝子は義理堅い性格なのでこのまま就職でもしてしまいそうだ。


「サークル、新入生入ったの?」確かに最近は顔を出していないから知らないよね。

「洋子が入ったのは知ってるよね?」

「かろうじて」

「実はそれ以降ゼロ」

「あそこのフルカウルのバイクとか峠走ってそうなんだけど」と孝子にホンダのニーハンを指差す。二人でタバコを吸いながら赤いホンダCBR250Rを見に行く。孝子は咥えタバコでバイクの周りをグルグルと立ったりしゃがみ込んだりしながらサスやらタイヤやらを凝視している。


 ある程度見た後、満足したように立ち上がり「そこまでじゃないでしょ」と孝子がいうのと、背後から「あの、それ俺のバイクなんですけど……」と言う声が掛けられたのがほぼ同時だった。振り返ると、どうやらCBRのオーナーらしき人物が後ろに立っていた。

「どこか変ですか?」と続ける。客観的に見て私たちの方がよっぽど不審者へんなんだけど、よく声を掛けられたな、とか変な感想が頭をよぎる。


「ご、ごめんなさい。アタシたちこの大学のバイクサークルなんだけど……」と孝子に任せると良くないので咄嗟に話し始めたが二の句が出てこない。まつしまや……。

「峠とかたまに行くの?」と唐突に孝子。

「多摩っつーか奥多摩に。お二人も峠とか良く行くんですか?」とCBRオーナー。そりゃタマ違いだろっ、と思ったが抑えた。

「アタシはトキドキ」上級生だから偶には合わせてあげないとね。

「最近はほとんど行ってないな。行くとしても今は箱根メインだわ。前は私も良く奥多摩行ってたよ」と孝子。

「そしたらどこかですれ違ったりしてるかもですね」とCBRの彼。

「アタシたちはサークルとしては時々全員でツーリング行くぐらいしか活動してないけど、2〜3人とかで走りに行ったりもするから、もしよかったら」と誘ってみる。

「考えときます」と会釈をする。礼儀正しい、っていうかコレが普通だよね。

「アタシは山咲、ひびきって書いてキョウ。んで、こっちが……」

「タカコ」と孝子が言ったあと、孝子の顔を控えめに覗き込むCBRの彼。

「あ、もしかして『B.G.』ってトレーナーの、アプリリアの孝子さん?」

「おー、そうそう。会ったことあったっけ?」と言う孝子に

「いや、お話とかはしたことないんですが、孝子さん恰好が恰好なんで奥多摩では有名人ですから。雰囲気違うんでわかんなかったッス。俺、トマトっていいます。あと、ご隠居って言って良く一緒に走りに行ってるダチがいて、そいつにも今度声かけてみます!」やはりあの恰好は奥多摩でも特異なのか。

「じゃあ、失礼します」と言ってヘルメットを被りCBRに跨り暖気を始めるトマト。

「あ、アタシたち割と学食の端の辺りにいるから、メットあるからわかると思う」とやや大きな声でトマトに伝えた。

「ハイ!」と言ってギアを入れて左手を上げながら走り出すトマトを見送った。


「……アンタは通り名とか無いの?」と、ただ一人フルネームを名乗った私。

「漫画じゃないんだから」と孝子。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る