ライダーズカフェ

 洋子のヘルメットはみんなでバイク用品店に行って試着してみて、シンプソンスピードウェイで決まった。洋子の望みのマットブラックがなかったので、サイズ感だけ確認しネットで一番安くて、しかも偽物ではなさそうなサイトから通販した。

 グローブはさんざん見てみたのだが、やはり洋子のピンとくるものがなくて、とりあえず鹿革のベーシックなやつで一番小さいものを購入した。

 そんな感じで、250TRの納車までにヘルメットもグローブも間に合い、洋子のバイクライフは無事スタートした。


 バイク通学にも慣れてきた頃合。約束してたカフェツーリングに洋子を誘ってみた。

「キョウ、憶えててくれたんだ!」と洋子も嬉しそう。

「最初はアタシと二人でいい?」と洋子に聞く。

「もちろん!」と洋子。

 今は洋子と二人テラス席で昼食を食べ終わったところ。私の事情と気分で誘ったにも関わらず快諾してくれ、嬉しいんだけど、後ろめたい気持ちが共存している。


――実は、洋子の250TRの納車後に宗則と少し揉めた。

 納車後の通学の際、少しの間私が一緒に走ろうかなと洋子がいないときに話した時だった。

「一人で大丈夫じゃない?

 そもそもバイクってみんなで走ってたとしても一人だと思うんだよね。

 最初に安心感は覚えない方がいいと思うよ」と宗則。


「せっかくバイクを好きになってくれそうなのに、走ってて怖いとか、幅寄せされて嫌な気持ちになったりしたらバイクのこと嫌いになっちゃうでしょ?

 宗則は男だからわからないんだよ、女のバイク乗りが受ける嫌がらせとか!」


「あのさ、キョウが生きてる世界はそれでいいけどさ、洋子ちゃんの世界観は洋子ちゃんが自分で見つけた方が良くね? んで、俺は洋子ちゃんが見つけた世界観がそのうちキョウにも何かしらいい影響を与えてくれると思ってるんだけど。まぁ後半は俺の願望だけど」と宗則。


「……なんか、上から目線でむかつくんだけど」今思うと最低な私。


 このあとユキやヒロシが来たので黙ったまま私からその場を離れてしまった。

 こんなやり取りがあって、宗則とはなんとなく口を訊いていない――


「洋子、どこか行きたいとことかある?」

「実は、何軒かチェックしてて……」とスマホを出して、向いあわせの場所から椅子と一緒に私の隣に移動する洋子。二人で顔を寄せてスマホの画面を覗き込む。

 厚木にある古民家を改装したカフェや、鎌倉にあるライダーズカフェ、瀬谷にもライダーズカフェがある。どの店も行ってみたい。


 洋子が目星をつけていたお店の中で距離的にどこが良さそうか洋子と相談し、今回は大学から30分くらいで着けそうな鎌倉のカフェに行ってみようということなった。


「今から行っちゃう?」と洋子。

「行こう」と二つ返事で答え、大まかなルートを確認して一緒に駐輪場に向かった。


 何かある度に行っているバイク用品店の前を素通りして原宿交差点を目指す。いつもは目的地のバイク用品店を素通りするのは不思議な気分。

 原宿交差点でアンダーパスに入らずに右折、そのまましばらく走るとコンビニが見えたので、右ウインカーを出してコンビニ駐車場に入る。一度メットを脱ぎ、スマホでルートを再確認した。

 ここまでの道のりで既に通学と比べるとやや距離を走っている。洋子に大丈夫か尋ねた。

「正直いつもより疲れは感じてるけど、楽しい気持ちの方が勝ってるよ」と洋子。


 カフェの場所はすぐにわかった。

 平日お昼過ぎということもあり、お店は空いていた。通りに面した二人席を案内されて座る。ライダーズカフェといっても、ヘルメット置き場や革ジャンをかけておけるハンガーがあるくらいで、なんら普通のカフェと変わらないてのが店内に入ったときの第一印象だったが。……いやいやいや、よく見ると内装やちょっとした小物、置いてある本なんかは全てバイク関連の物。それらを見ているだけで楽しくなってくる! 雑然と置かれているのに散らかって見えたりしないのはお店の人のセンスなのだろうか。


 二人ともホットコーヒーを頼んで、ゆっくりとした時間を過ごした。

 洋子はギリギリまでスイーツを頼むかどうか迷っていたが、また来たくなるように後悔を残しておけば? と私が提案したのでコーヒーのみにした。


 丁寧に入れられた濃いめのコーヒーの香りと味を楽しみながら洋子とバイクの話をする。運転してて怖いシチュエーションとかないかと聞いてみたが、車線変更などでヒヤッとする時もたまにあるけど、こちらが女の子だからか右折とかでは譲ってくれるおじさんが多いと笑っていた。


 普段喫茶店に行くことがほとんどないので、他と比べてどうなのかはわからないけど、自分たちのバイクを眺めながら飲むコーヒーは普通のカフェで飲むコーヒーよりも絶対に美味しいはずだと思った。


 カフェを出た後、大学近くまで一緒に走り洋子はそのまま帰宅し、私は4限に出られそうな時間だったから大学に戻った。

 バイクで走りながらお互いに左手を軽く挙げ、それぞれ別々の道に別れる。

 私はこの瞬間がすごく好きだ。右手をアクセルから離せない、バイク乗りだけのハンドサイン。


 大学の駐輪場にはCBを暖機している宗則の姿。2〜3台分離れた空き場所にGPZを停め、サイドスタンドは出さずに跨ったままメットを脱ぎミラーにかける。

 宗則はCBに跨がりメットを被り顎紐を締めている。

「あのさ」と、大きめな声で私。

 顎紐を締めるのを止めて、メットを脱いでタンクの上に置きCBのキーを捻ってエンジンを止め、こちらを向く宗則。

「洋子とライダーズカフェに行ってコーヒー飲んできたよ」

「どうだった」と相変わらず抑揚のない返事。

「なんていうか、よかったよ」と私。

「今度俺も連れてってよ」と言いながらメットを被り直す宗則。

「りょー解!」と私。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る