ロリとの遭遇

 学食を覗いてみたけど、キョウはいなかった。

 中型二輪免許の教習は順調に進んでいる。

 キョウが着ているデニムベストの刺繍パッチのデザインを私がしたって話を聞いた久地さん(現バイクサークル部長)から、バイクサークル『TT-W』でお揃いのジャンパーを作りたいという相談をされ、ロゴデザインの第一案ラフを上げてきた。

 私がバイクに乗れるようになった時に女子部員で行きたいカフェを数軒下調べしてきた、等々……。

 キョウと色々と話したかったんだけど、今はテラス席でこの人懐っこい後輩の男の子、トモくんと二人で歓談中。どちらかと言うと一方的に話されている。どうしてこうなったのか。


 高校から女子高でその次は短大だったので、四大に編入して半年以上経った今でも、久地さんのような男臭い感じの人は苦手だ。慣れなきゃいけないとは思うんだけどできれば自分のペースで慣らしたい。それに実はちょっと男性にトラウマもある。

 このトモくんは年下と言うこともあるけど、そんなに苦手ではない。次から次に話しかけてくるトモくんは男の人というよりは男の子で、男の子というよりはキャンキャンと纏わりついてくる小型犬のイメージ。相槌を打つので精一杯なその内容は、ほとんどがみんなのバイクのことやサークルで行ったツーリングでの面白エピソードなど。


 もしかしたら、途中入部の私がみんなと早く打解けられるようにこの子なりに気を遣ってくれているのかもしれない。さっきも学食でキョウを探していると、いち早く私に気づいて「みんなで一緒に食べませんか」と誘ってくれた。ちょっと人が多いからとやんわりと断ったが、結果的にトモくんがテラスに来てくれた。


 だけど、できれば自分のペースで……。視線を落とし、テーブルを眺めながら話を聞いていると卓上に人影が映った。そのシルエットは縦巻きロールのフワフワウィッグに少し傾いて載せられた小さなシルクハットの飾り帽を付けている。影だけで誰だかわかる。


「久しぶりね、洋子」と背が低めのトモくんの頭の上から話しかけてくる、短大のオタクサークル『創作クラブ』の部長、いや、私と同じ学年だから短大を卒業して元部長。相変わらずのロリータファッション。ゴシックパンクテイストを好む私に服装のことをとやかく言われたくはないだろうが。


「彼氏? お邪魔だったかしら?」

哲子のりこ、久しぶりね。今日は仕事休み?」トモくんの話がつまらないという訳じゃないけど、正直哲子の登場は私にとって助け舟だったかも。

「あと、この子は四大の後輩で田村君、彼氏じゃないから気にしないで」哲子はバイクが嫌いなのでサークルのことは言わない方が吉。

「まぁ、そうよね」と私の性的趣向を見透かしたような目で見下ろす哲子に「時間あるの? 座ったら?」と言う。

 厚底靴の哲子に上から見下ろされていたらトモくんが可哀そうだ。


 椅子に座って日傘をさす哲子。下を向いて急に話さなくなるトモくん。トモくんが人見知りするタイプだったのは意外だった。トモくんが黙っているので、哲子が声をかける。奇抜な恰好をしてはいるが、仮にも大学公認の正規部活動の部長をやっていた女だ。表面上の人間性はいたってまともだ。

「初めまして。短大で洋子と同期だった大沢哲子と申します。いつも洋子がお世話になってます」さすが哲子。オタク趣味は触れないのがデフォルトの私たち。

「あ、あの、は、初めましてっ。田村智と申します! 洋子さんとはサークルが一緒で……」と言うトモくんの脛をテーブルの下で軽く小突く「イっ」。視線を送り精一杯の目力で〝ダメ絶対〟と訴える。

「あら四大のサークルに入ったの?」と聞く哲子に「いや、籍だけ入れてる感じで……」と流そうと思ったが「バイクサークルですっ!」と、元気よくトモくん。


 失敗した……。哲子を連れて私がどこか別の場所に行くべきだった。トモくんにとってはバイクやサークルは楽しくてしょうがない熱中してる〝今〟だもんね。


 哲子の視線が一瞬でゴミでもみるような目に変わり、トモくんから私の方に視線を移す。テーブルに肘をついて人差し指でそっと自分の下唇を左から右に撫でる。機嫌が悪くなる時の哲子の癖だ。

「オートバイの免許なんて持ってたっけ?」

「いや、だから籍だけ……」と事態を収めようとするがトモくんがキラキラした目で「洋子さん、今頑張って教習所に通ってるんですよ!」と私にも当たってしまうような援護射撃。


「四大に行っても楽しくやってるのね、じゃあ私は失礼するわね」少し角が取れたのか、噛み付かずに席を立つ哲子。まぁ充分に失礼な態度ではあるが……、トモくんがいなかったら私に絡んできたことだろう。

「哲子もお仕事頑張ってね」「あ、のも、もしまたお会いしたら……」とトモくんが言いかけたが哲子が被せる様に話した。

「……しばらく、文芸科の教授に所用があるのでまたお会いすることもあるかもですね、では失礼」と言って短大棟に向かって消えていく哲子の背中をボーっと見ているトモくん。あの女の詳細、トモくんに話すべきか否か。溜め息をつく私。

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