12月1週目

「うー……寒い……」


家の扉を開き外に出る。




寝起きの冷え切った体に12月の風は少々堪えるようで、体を縮こませる。




現在時刻は土曜日の朝9時。


ここのところ毎週千咲が家に来て、規則正しい食生活を半ば強引にさせられているため、すっかり休日でも昼まで寝ていることが少なくなった。




「ふぁぁ……」


あくびを一つして歩き出す。




普段めったに休日に外出しない俺がこんな時間になぜ外にでているのか……


答えは単純で、食料を切らしていることをすっかり忘れており今日の朝食すら見つからなかったからである。




「ああ……腹減ったな」


そんなことを呟きながらコンビニに向かって歩く。




とはいっても俺の住んでいるマンションの隣にあるので、徒歩1分ほどである。




♪~♪




店に入ると特徴的なメロディーが流れる。




いつものようにいくつかカップ麺をかごに入れ、パンコーナーに向かう


「んー。どれにするか……やはり定番の卵サンドは外せないよな。あとは……」




そんなことをぶつぶつと呟きながら買うものを決めていると、横から見知った人物が声をかけてくる


「あっ。せんぱい……おはようございます」


千咲である。




少しうつむき加減で普段よりも小さめの声で話しかけてくる。




その様子に少し違和感を感じる。


「ん?どうした。体調でも悪いのか?」




「あっ。いえ……そういうわけではないんですけど」


なぜか歯切れの悪い返答をしてくる。




何があったんだ……?


不審に思い千咲の顔をのぞき込もうとするとパッと顔をそらされる。




「千咲……?俺何かしたか?」




「あ、いえ……そんな大したことではないんですけど」




「それなら言ってくれ。なんだか顔を背けられると居心地が悪いんだが……」




「そ、そうですか……なら正直に言いますね。体調が悪いとかじゃなくて今スッピンなので……」


カーッと湯気が出てきてしまいそうに耳を真っ赤に染める姿を見て納得する。




「ああ、なるほど。そういうことか。」




しかし、この会話でなにかが吹っ切れたのか、いつも通りの千咲に戻り俺の目を見据えてくる。


「そんなことより先輩!これはなんですか?」


そう言い俺のカゴに入っている菓子パンとカップ麺を指さしてくる。




「なにって。カップ麺だが……」




「そんなことはわかってますよ!栄養の偏るものばっかり食べちゃダメだって言ったじゃないですか!」




「ま、まぁ言われたけども」




「じゃあなんで、こんなにいっぱい買ってるんですか!今日の朝食は私が作りに行きますのでそのカップ麺戻してきてください!」




「いや。それは悪い……」からいいよ


と断ろうとするも


俺の発言に上からかぶせるように千咲が言ってくる


「そう思うならもっとちゃんとしたもの食べてください!なんと言われようと今日はつくりに行きますから!これは決定です!先輩はお家に帰ってホットプレートの準備しておいてください!」




「は、はい……」


俺は千咲の剣幕にたじろきながらそう返事することしかできなかった。




☆☆☆




コンビニから帰りホットプレートを引っ張り出す。




千咲は材料の準備とスッピンなのは嫌なようで一度家に帰るとのことで今は一人だ。


ちなみに先ほど買おうとしていたパンたちはもとに戻され、結局コンビニと家とを往復しただけになってしまった。




しばらくすると


”ピンポーン!”


インターフォンがなる。




『あいてるからそのまま入ってくれていいぞ』




『わかりましたー!』


扉が開き千咲が入ってくる




「おじゃましまーす!」


手にはビニール袋を持っていた。




「それで、今日はなにを作る予定なんだ?」




「ふっふーん!それはできてからのお楽しみです!キッチン借りますねー」


得意げな表情でこちらを見てくる。




「そうなのか。なにか手伝おうか?」




「いえいえ大丈夫です!先輩はテレビでも見て待っててください!」




「わかった。まぁ邪魔になるだけだろうしな……」




「じゃ、ちゃっちゃと作りますのでちょっと待っててくださいねー!」


そう言いうとエプロンを身に着けキッチンに立つ千咲。




俺は特になることもないので、しばらくその姿をぼーっと眺めていたが、いくら規則正しい生活をしているとはいえ眠気がないわけではなく、徐々にウトウトし始めてしまった。




そのまま、首を揺らして舟をこいでいると肩をたたかれる。


「せーんぱい!起きてくださーい!もうご飯できましたよー」




「んんん……寝てしまっていたか……用意までさせてしまって申し訳ない」




「いえいえ!私が好きでやってることですから。それよりどうですか?今日の朝ごはん」




甘いにおいにつられるようにして、ごしごしと瞼をこすり瞳を開ける。目の前にあったのは


「おお。フレンチトーストか……」




「はいそうです!カフェで食べてたりしてたら申し訳ないですけど……」




「いや。カフェに行ってもあんまり食べないから久ぶりだ。早速だがいただいていいか?」




「そうですか、よかったですー!はいどうぞ!熱いうちに食べてください」


俺の返事を聞きホッと胸をなでおろしたようだった。




そして、それを合図に手を合わせる。


「「いただきます!」」




早速フレンチトーストを一口頬張る。




千咲の作ったフランスパンをベースにしたそのフレンチトーストは、少し長く焼いたのか外はさくっと内はふわっとした食感でバターと牛乳のうまみと甘みがマッチして食欲がどんどんとわいてくる。




「うん。うまいな」




「喜んでいただけたようで嬉しいです!あっ!これかけるとおいしいんですよ」


そう言いグラニュー糖を差し出してくる。




「グラニュー糖?俺の実家ではこの食べ方はしなかったな」




「えー!そうなんですか!?おいしいので是非試してみてください!」


そう言いズイッと差し出してくる。




「まぁ物は試しだな。やってみるとするか」


サラサラとフレンチトーストの上にかけ食す。




「ん。意外と食べやすいなこれ」




「でしょー!甘さが足されてこれがまたいいんですよねー!」


そう言いパクパクと食べ進める千咲。




しばらくすると、ピタッと食べるのを止めおもむろに口を開く。


「そういえば先輩って、休日何食べて過ごしてるんですか?」




「ん?休日も平日も大して変わらんぞ」




「例えばカップ麺とかですか?」




「ああ。まあそうだな」


そう答えたところで口を滑らせてしまったことに気が付く。


以前千咲に同じ質問をされたときに、最近はきちんとした食生活を心がけていると答えていたのだった。




「や、やっぱり!」


カッと目を見開きこちらをにらむ。




「あ、いや……これは言葉の綾というか……」




「なにが言葉の綾ですか!そんな言い訳通用しませんよ!そんな生活をいつまでもしてたら私が毎日ご飯つくりに来ちゃいますよ!」




そんなことを言われたが、考えてみればいまいち俺に不利益なことはなかった。


しかし、普段の俺なら世間体や千咲の負担になるなどの理由から断っていただろう。




だがまだ俺の頭は寝起き状態であり、気づいたときには思ったことをよく考えずに口走ってしまっていた。


「いや、それは別に困らんのだが……」




すると、俺の返事を聞き目を輝かせる千咲


「いいんですか!?明日から毎日のように行きますからね!」


心なしか声も大きくなっている。




その表情と声で目が覚めた俺は、まずいことを言ったとやっと気が付く。


「い、いや!やっぱりなし。今のは聞かなかったことにしてくれ」




「えー!なんでですかー」




「なんでって……そりゃ千咲にも悪いし……」




「じゃあ私が迷惑だって思ってなかったらいいってことですよね!」




「うーん。そういう問題じゃないような……そもそもの前提から間違っているような気がするんだが」




「なにも間違ってないですよ!単純な話です!先輩が私にご飯を作りに来られるのが嫌か嫌じゃないかだけ教えてくれたらいいだけですから!」




「そんなもんなのか……?」




「そんなもんですよ」


そうして大きな瞳でこちらをジッと見つめてくる。




このままではいつものように千咲に押しに流されてしまい、毎日俺の家に千咲が来る状態になりかねない。


俺は無性にそれが怖くなった。その怖さは千咲が毎日家にくることではなく、この関係がこれ以上強くなってから急に無くなった時のことを想像して恐怖を感じたのである。




「うーん……ご飯を作りに来られるのは正直嫌じゃないが、少し考えさせてくれないか?」


だから少し考える時間をもらうことにした。




幸い千咲には俺の考えていることは伝わっていないようで一瞬不思議そうな顔をされたが


「そうですか!じゃあまたききますので、その時に教えてください」


そう快諾され俺はホッと胸をなでおろすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る