11月4週目 前編
普段より少し高いテンションで家へと続く廊下を歩く。
なぜテンションが高いのかと言えば、給料日が先日あり手持ちが増えたということもあるが、大きな理由は俺の唯一の趣味と言っていいカフェ巡りの前日だからである。(その月の第4土曜はカフェ巡りに行くと決めているのだ)
もちろん一緒に行ける友人などはいないため一人でだが……
「どこに行こうか?先月行きそびれたあそこか?それもと先週オープンしたばかりの話題のお店に行こうか?」
あらかじめお気に入り登録しておいたホームページを眺めながら家の扉を開ける。
すると先に家に来ていた千咲が出迎えてくれる。
「せんぱい!お疲れ様です!お風呂沸いてるのでどーぞ!」
「ああ、すまんな。助かるよ」
「いえいえ!キッチン使わせてもらってるんですからこれくらい当たり前です!」
正直なにが当たり前なのかは分からなかったが
「いつもすまんな。少し休んだら入ることにするよ」
しばらくぼーっとしながらテレビをみて風呂に入り、また用意されていたビールを飲んでいると千咲が料理を運んできた。
「俺も手伝うよ」
「ありがとうございます!じゃあそこのお皿をお願いします」
「了解だ」
軽く返事し皿を運ぶ。どうやら今日のメインは、麻婆豆腐のようだ。
「おお。今日もうまそうにできてるな……」
「そう言っていただけて嬉しいです!」
千咲は嬉しそうな表情を浮かべると俺の正面に腰を下ろす。どうやらすべての料理は運び終えたようだ。
「さっ、それじゃあ食べましょうか!」
「そうだな」
「「いただきます」」
今日の献立は、メインの麻婆豆腐のほかに大根とツナのサラダそれに卵の中華スープである。
頭では分かっていたつもりだったが、普段の夕食からは考えられないような料理の数々をみて
「中華料理なんていつぶりだ……?」
そんなことをふと呟く。
その呟きが聞こえていたようで
「先輩は中華料理食べないんですか?」
と不思議そうに聞いてくる。
「食べないというか食べられないというか……そもそも料理を作らないからな……」
「なんですか!私が料理つくりに来ても全然食生活良くなってないじゃないですか!」
「そんなすぐに長年続けてきた食生活が改善されるわけないだろ……俺は好きなもの食べて好きなことして生きるって決めてるんだよ」
「(それじゃ困るから言ってるんじゃないですか……)ふ、ふーん。好きなもの食べて好きなことして、ですか。そういえば聞きそびれてましたけど、先輩の好きな食べ物ってなんなんですか?」
「難しい質問だな……料理する手間を度外視していいのなら、からあげとかかな」
「ふーん。から揚げですか……ふーん」
好きな食べ物を答えただけなのになにかを言いたげな目で俺のことを見てくる。
その視線に妙な恥ずかしさを覚え、なんとなく居心地悪く感じる。
「なんだよその目は……」
「なんでもありませーん!」
「おい。なにか言いたいことがあるなら言えよ」
「だから何にもないっていってるじゃないですか!あ!言いたいことありました!」
「なんだよ?」
「さっき言ってた先輩の好きなことって何なんですか?」
「ん?言ってなかったか」
「はい、聞いてないです!教えてください!」
「なんでそんなに気になるんだよ……」
「何でもいじゃないですか!早く教えてくださいよ減るもんじゃないし」
「まぁそうなんだが……」
言ってもいいが、あんまり普段の俺からは想像できない趣味でもないからな……
そんなことを考えて千咲の質問の答えを渋っていると、なかなか答えない俺にしびれを切らしたのか
「は・や・く!教えてください!!」
と耳元で大声を出し始めた。
「わ、わかった!わかったから大声出すな!」
するとぴたりと大声を出すのをやめこちらに向き直る。
「そうですか。わかったのならいいです。それじゃあ教えてください」
「……だれにも言うなよ……それと、笑うなよ……」
「なんですかそれ。誰にも言いませんし笑いませんよ。」
「はぁ……約束だからな……カ、カフェ巡りだよ……」
「え?聞き間違いかもしれないですけど、カフェ巡りですか?」
「ああ、そうだ」
「ぷっ!くくくく……」
「おい……笑わないって言ったよな……」
「いやだって、意外過ぎて……ぷぷぷぷ」
「意外で悪かったな」
「ま、まぁいい趣味だとは思うんですよ!ふだんの先輩からは想像できなかっただけで……ぷぷぷっ」
「おい。いつまで笑ってんだ……」
「す、すみません。先輩がカフェにいるところを想像してしまって……も、もう大丈夫ですから」
「本当だろうな……?」
「ほんとですよー!」
「もう笑うなよ……」
「わかってますってー!」
そうして会話が途切れる。そこでひと段落したと判断した俺は、食事を再開するがすぐに千咲が口を開く。
「あっ!それ私も行きたいです!」
「は?何の話だ?」
「いや、だから。私も行きたいです!」
「どこにだよ?」
「なんでわかんないんですか!私も先輩のカフェ巡りついていきたいって言ってるんです!」
「はぁ?俺はひとりがいいんだが……」
「いいじゃないですかー!カフェなんですから他の人と行ったほうが楽しいですし、お店にも入りやすいじゃないですか!ちなみにいつ行く予定なんですか?」
「明日のつもりだ」
「明日ですか!?明日なら私いつでも大丈夫ですよ!」
「そういう問題じゃないんだよ」
そう答えようとしたところで、俺は千咲の”お店にも入りやすい”という発言をきいてとあることを思い出す。
そういえば近くにできたカフェが、カップル限定メニューを出していたような……
気にはなっていたが、俺には無縁だと思ってスルーしていたな……
「ちょっとまってろ」
そう言いスマホを操作し、お目当てのカフェのホームページを探す。
「おっ!あった……」
そこにはカップル先着5組限定メニュー!と大きく書いてあった。
そんな俺の行動を不思議に思ったのか
「あのー、先輩。私のはなし無視してなにしてるんですか……?」
とスマホの画面をのぞき込んでくる。
そして、そこに書かれている文字を見つけると
「なんだー!先輩も乗り気だったんじゃないですかー!」
とニヤニヤとこちらを見つめてくる。
その表情に少し腹が立った俺は
「いや、お前と行くとはいってない……」
と少しいじめてみることにした。
「そんなこと言ってー!カップル限定なんですよー。先輩に私以外に異性の知り合いなんていない……じゃ……ない……です……か……」
そう言いながらあることに気が付いたのか一瞬で顔が青くなる千咲。
「そうだ。別にお前じゃなくても俺には異性で誘える人間はいるのだよ」
勝ち誇った表情を浮かべていると、瞳に涙をためた千咲が猛抗議してくる
「だっ、ダメです!!!ダメダメです!そっ、それに明日のことを今から誘っては迷惑ですよ。私が一緒に行くって言ってるじゃないですか!」
「そ、そうか。迷惑なものか」
「そうですよ!ねっ!だから私が付いて行きますから」
と腕にしがみついてくる。
俺はその腕を振り払いながらあっさりと観念してしまった。
「わかったよ。わかったから放してくれ……」
「ほんとですか!やったーまた先輩とお出かけだ!集合時間とかどうします?」
「そうだな……昼頃に着く予定で、そこまで移動に時間はかからないだろうから12時にマンション前でどうだ?」
「りょーかいです!それで行きましょう!じゃ明日の準備しなきゃなので私そろそろ帰りますねー!洗い物だけお願いします!」
千咲はそう言い残すとスキップをしながら自分の家へと帰っていくのだった。
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