11月3週目

「えーっと。キャベツと豚バラと卵と……」


先ほど千咲から送られてきたメッセージをみながら食材を探す。


今日は俺のほうが先に仕事が終わったようでそのことを伝えたところ、買い出しを頼まれたのだ。


「これで最後だな……」

今日のメニューからは何に使うかあまり想像できないバターをかごに入れ会計を済ます。


徒歩数分のスーパーから自宅に帰り、しばらくテレビを見ているとインターフォンが鳴る


「お疲れ様です先輩!今週も来ましたよー」


「今週もすまんな。入ってくれ」

扉を開け部屋に招き入れる。


「ありがとうございます!あ、それと買い出しお願いしちゃってすみません。助かりました!」

そう言い部屋に上がると、キッチンに置いてあったビニール袋の中身を確認する。


「いや……作ってもらってる身としてこれくらいは当然だからな。また必要だったらいつでも言ってくれ」


そう答えると千咲はなにか感じることがあったのか

「もう!ほんとそういうところですからね!」

と背中をバシバシと叩きだす。


「痛い痛い。なんだよいきなり……」


「分からないならそれでいいです!でも、こんなこと他の女の子に言ったら絶対ダメですからね!」

とよくわからない念押しをしてくる。


その言葉にやけに気持ちがこもっているような気がして、俺は困惑しながら答えることしかできなかった。

「ああ、まぁ……こんなに話す異性の知り合いなんていないがな……」


「そうでしたね!いらない心配でした!」


「お前……ほんとそういうところ失礼だからな……」


そんなつぶやきは千咲に聞こえていないようで

「全部ありますねー。じゃあ早速作っていきますので先輩はお風呂入っちゃってください!」

全く気にしていない様子で料理を作り始めるのだった。


☆☆☆


風呂から上がると千咲がボウルの中身を一生懸命混ぜていた


居間に目線をやるとあることに気が付く

「ん?そんなものここにあったか?」

先週末に購入した真新しい机の上にはホットプレートが置かれていた。


「いえ!私の家からもってきました。今日のお料理はこれがあれば普通に作るよりも数倍美味しくなりますから!」


「まぁその気持ちはわからんでもない……」


今日の献立は”お好み焼き”確かにフライパンで作るよりも目の前でホットプレートで作ってすぐ食べたほうがおいしいのは言うまでもない。


「はい!それでせっかく机を新調したことですし、いままでできなかったホットプレートを使った料理をしてみようとおもいまして」


「なるほどな……今日の料理がお好み焼きな理由はわかったが、それでなんでバターが必要なんだ?」


「ふふふふ。それは後でのお楽しみですー!もう少し待っててくださいね!」

そう言うとまた準備を進める千咲。


俺はそんな彼女の姿を見ながら用意されたビールをちびちびと飲んでいると、お玉で生地をホットプレートに流しいれていく。


「準備できました!それじゃあ焼いていきますね!」


すると”ジュー”と心地よい音が鳴り、生地の焼けるいい匂いが立ち込める。


「おー。いい匂いだな」


「ですよね!おいしくできそうです」

キャベツなどが混ざった具材の上に豚肉を乗せ、両面をこんがりと焼いていく。


しばらく待つと

「はい、焼きあがりました!」

ホカホカと湯気を立てたお好み焼きができあがる。


そして、ジュージューと音を立てるお好み焼きにソース、青のり、マヨネーズをかけて完成。


できたてのお好み焼きを皿によそい、ホカホカと湯気の立つお好み焼きを俺に差し出してくる。


「はい、先輩!お先にどうぞ!私の分はもう少し焼きますので、お先にどうぞ!」


「出来上がるまで待つつもりだったんだが、いいのか?」


「もちろんです!先輩のために作ったんですからあったかいうちに早く食べてください!」


「そうか。正直待てそうになかったから、そういうことならありがたくいただくよ」


「はーい!どうぞどうぞ!」


千咲にすすめられるがままにお好み焼きを口に運ぶ。

絶妙な塩梅で混ぜられた生地が口のなかで蕩けソースと混ざり合う。


「うん。今回もうまいな……」


「ほんとですか!?よかったー」


俺の言葉を聞きホッとしたような表情を浮かべる。


「おお、いい感じだぞ」


そう言うと千咲は嬉しそうな表情を浮かべて

「じゃ、私も食べよー」

とお好み焼きを頬張る。


「うーん!おいしいです!久しぶりに作りましたけど意外とうまくできるもんですね」


「そうなのか?」

こんなにおいしくできるのだからよく作っていたのかと思っていたが意外である。


「はい!高校生のころは実家でよく出てきていたので手伝ってたんですけど、大学生になって上京してからはあんまり作らなくなっちゃったんですよね……」


「あー。まぁ一人ぐらしだと自炊するの面倒だもんな」


「先輩と一緒にしないでください!自炊はしてましたよ!お好み焼きを作らなかっただけです!」


「ああ……そうか。それは失礼した」


「ほんとそうですよ!先輩と違って自炊は習慣的にしてましたー」


「それはすごいな。俺なんてほとんど作った記憶ないのに」


「そうでしょうね!今の先輩の食生活見てたら納得です」

そんなことを話していると


「あっ!大学生で思い出した!」

いきなり千咲が大声をあげる。


「な、なんだよ……いきなりそんな大声出して……」


「なんだよじゃないですよ!料理が美味しくてすっかり忘れてましたけどレストランを紹介してもらったって人について詳しく聞かせてください!」


「詳しくっていわれてもなぁ……大学時代の知り合いとしか……」


「それだけの関係であんなところ紹介してもらえるわけないのはわかってるんです!大学生のときになにかあったんじゃないですか?」


「いやー。あんまり記憶にないな。先輩だしサークルの時くらいしか関わりなかったからな」


「せ、せんぱい!?そのお知り合いの方って年上の方なんですか?」


「まぁそうだな。先輩だし」


「そんなこときいてないですよ!」


「そりゃあ言ってないからな……ていうかそんな気になることでもないだろう?」


「うっ!まぁ?そりゃそうですけど。ち、ちなみにお知り合いさんはかわいいんですか?」


「可愛いかってなぁ……正直そういう目で見たことがないから聞かれてもわからないが、まぁ美人な部類だとは思おうぞ。それなりに告白されてたみたいだし」


その言葉を聞いていきなりなにか考え込むような表情になり、黙り込む千咲。


「……(年上で美人……私とは真逆な人だ。好意とまではいかなくても何かしらの気持ちがないとあんなことしないはず……まさか社外のこんなところに思わぬ伏兵がいたとは……)」


いきなり黙り込んでしまった千咲をみながらお好み焼きを食べているとやっと再起動したのか


「そ、そうなんですねー。きれいな人なんだろうなー」

と気の抜けた返事をしてきた。


「まぁそうかもしれないな。あんまり褒められた性格はしてないと思うがな」


「へー。そうなんですねー」

いまだに気の抜けた返事をしてくる千咲をみて話題を変えることにした。


「ま、まぁその話は置いておいて……買った時からずっと気になってたんだが、バターはどうするんだ?見た感じ使ってないように思うんだが……」


するとそれで目が覚めたのか急に眼を輝かせたかと思うと

「ああ、そうでした!準備するのでしばらくお待ちください!」

そう言いキッチンに向かう。


しばらくして戻ってきた千咲の手には飯器があった。

中を覗くと予想通り白飯が入っている。


「ん?飯だな……」


「はい。ご飯です」

そう言い飯器からご飯を取り出すとおにぎりを握っていく。


4つほどおにぎりができあがると、それをホットプレートに並べていく。


しばらくすると程よく表面が焼かれ焦げ目がついてきた。


「おお。焼きおにぎりか……久しぶりに食べるな」


「ふっふーん。ただ焼きおにぎりじゃあないんですよ!これをこうするんです!」

そう言うとおもむろにバターを取り出し、焦げ目のついた部分にたっぷりと塗ると、醤油の上にダイブさせる。


”ジュジュー”

醤油とバターが混ざり合って醸し出される匂いに思わずゴクリと唾をのみこむ。


もう片面も同じようにし、もう完成かと思わず箸をのばそうとしたところで


「あっ!待ってください!これをかけたほうがおいしくなるんです!」

そう言いなにかの粉末をおにぎりにふりかける。


「ん?なんだそれ?」


「これですか?ガーリックパウダーです!食べたときの香味が最高なんですよねー。これで完成です!はい、どうぞ!」

皿に取り分け差し出される。


「ああ、ありがとう」

かぶりつくようにおにぎりを口にする。


すると、にんにくの香りが鼻孔を抜けたかと思えば遅れて醤油とバターのうまみが押し寄せてくる。


「な、なんだこれ。俺の知ってる焼きおにぎりじゃない」


「そうでしょ!そうでしょ!この組み合わせ少し邪道かもですけどすごくおいしいんですよね!私の実家ではこれが定番なんですよね!」

自分の勧めた料理が好評だったのが嬉しかったのか、目を輝かせながら説明を続ける千咲。


そんな千咲をしり目にもくもくと食べ進めているとあることを思いつく。


「ん?そういえばあれがあった気が……」


冷蔵庫をあさると出てきたのはチューブ型のガーリックバター。


「千咲。これもいけるんじゃないか?」


すると千咲は、俺が手に持つものをみて目を見開くと

「それもってるなら早く言ってくださいよー!」

とひったくってきた。


「これがあればもっと美味しくなりますよー!」


「それは楽しみだ……」


「あっ!これも入れたらおいしくなるんじゃないですかー!」


「おお。それはうまそうだ」


そうして、焼きおにぎりトークに花を咲かせてこの日の夜は更けていくのだった。

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