11月2週目 後編

あれから自宅に帰ってきた俺は、すぐさま着替えに取り掛かる。




「ドレスコードか……とりあえずスーツ着ていけばいいか」




ゴソゴソとクローゼットの中をあさる。すると、普段着ているスーツの中に見慣れないスーツが紛れていることに気が付く。




「ん?なんだこれこんなスーツ買ったけか……?」


しばらく首をかしげて考えていると


「あ、これ新入社員の時にボーナスが出て嬉しくて買ったやつか……なんだかんだで着る機会を失ってタンスの肥やしになってたみたいだな」




そしてしばらく考え込む。




「うーん。スーツの流行りとかはよく分からないがこれなら大丈夫だろう……いい機会だし着るか」


俺はそう呟くと真新しいスーツに袖を通すのだった。




☆☆☆




先ほど遅刻してしまったお詫びの気持ちからかなり早い時間に家をでる。




現在の時刻は集合時間の15分前。男の俺よりもどうしても準備に時間のかかってしまう千咲は、まだ降りては来ていないようだった。




「よかった。今回も俺のほうが遅かったりしたらどうなっていたことやら」


少し安心して待っていると




黒色のヒールの音を響かせながら


「すみませーん!おくれました!」


慌てた様子で千咲がこちらに駆け寄ってくる。




千咲はベージュのニットセットアップを着ており、時間帯を意識しているのか少し体のラインの出るデザインの服となっており、不覚にも少しドキッとしてしまった。




「いや。そんなに待ってないから大丈夫だ」




「そうですか!それならよかったですー!……ん?なにか違和感……」




俺の言葉に安心したような笑顔を浮かべていたが、とたん何かに気が付いた様子になり俺をじろじろと見てくる。




「な、なんだよ。そんな目でみてきて……」


その視線に妙な居心地の悪さを覚えてしまい思わずたじろいてしまう。




「あっ!分かった!先輩このスーツ新品じゃないですか?」




「ん?ああ。そうだな」




「ですよね。先輩のスーツ姿は会社でよく見るのに普段とは違和感があったので気が付きました」




「なるほど。それであんな目でみてきたのか。ていうか違和感って……もしかして似合ってなかったか?」




「いえいえ!そんなことありませんよ!よく似合ってます!」




素直に褒められたことに少し照れくささを感じてしまった俺は、ちょうど来たタクシーに黙って乗りこむのだった。




☆☆☆




「こちらになります。料金1500円になります。」


「あ、はい。これでお願いします」


運転手さんにお金を払いタクシーから出る。




場所は都内にある高級ホテル。


今回の目的地はその中にあるレストランである。ちなみに俺の会社の近くにあり、社内でも一度は行ってみたいという人間の多い人気のお店である。




俺に続いて降りてきた千咲は事態がいまいち呑み込めていないようで、キョロキョロとあたりを見回す。


「えっ?降りるところってホントにここであってます?先輩」




「ああ、それじゃあ時間もないし向かおう」


と困惑した表情を浮かべる千咲をしり目にずんずんと歩みを進める。




先に歩き出したあれの後を慌ててついてくる


「ちょ!ちょっとまってくださいよ!」




そのまま進みエレベーターに乗り込む。




乗り込んで目的の階につくまで待っていると、いまだに信じられない様の千咲が口を開く。


「あのー。ここのレストランって1年待ちとかで全然予約とれないって聞いたんですけど……」




「まぁそうだみたいだな……」




「じゃ、じゃあどうやって予約したんですか!?」




「ちょっとした裏技でな……1度しか使えないから会社の人間には言うなよ……」




「……ま、まあ。言いませんけど。それで、どんな方法なんですか?」




「俺の知り合いがここのお店のオーナーと知り合いなんだ。その関係で今回は特別に頼んで席を確保してもらったんだよ」




「へー!先輩にそんな知り合いがいたなんて驚きです!」




「おい……それはどういう意味だ?」




そう言い詰め寄ろうとするも千咲が強制的に会話を終わらさせられる。




「そろそろ着くみたいですねこの話は席に着いてからしましょう!」




”チーン”


ベルが鳴り響きエレベーターが止まる。




扉が開き見えた光景に千咲が思わず声を漏らす。


「わぁ。すごくきれい……」




「ああ、そうだな」




そこには普段の生活ではなかなかお目にかかることのできない夜景を堪能していると、足音も立てずに近づいてきたウェイターさんが話しかけてくる。




スッと軽く頭を下げてくる。


「いらっしゃいませ。ご予約はされておられますでしょうか?」




「あ、はい。高杉です」




「高杉様ですね、お待ちしておりました。お席にご案内させていただきます。こちらにどうぞ」


そう言うとウェイターさんはツカツカと歩き出す。




その後ろをどこか居心地のわるそうな表情をしながらついていく俺と千咲。




その雰囲気に耐え切れなかったのか


「あのー。なんか場違いじゃないですか私たち?」


小声で千咲が話しかけてくる。




「お前と一緒にするな……と言いたいところだが同感だ……」




「ですよねー。私こんなお店来たの初めてです」




「安心しろ。俺もだ……」




「全然安心できません……」




そんな頼りないことをぼそぼそと話していると前を歩いていたウェイターさんが立ち止まり席を案内される。


「こちらのお席になります」




案内された席をみて唖然とする。庶民の俺でもわかる明らかに他の席とは格式の違う席だったからである。




「あ、あの……本当にここですか?」




「はい。こちらの席にご案内するよう斎藤様から仰せつかっておりますので」


この一言ですべてを察した




「ああ。そうですか……」


(あのやろー。やりやがったな……普通の席でいいって言ったのに……)




「はい。お席にご不満があられるようでしたら変更いたしますがどうなされますか?」




こちらの顔色を窺うように見てくるウェイターさん。


ただでさえ無理を言って席を確保してもらったのだから、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと判断する。


「あ、いえ。問題ありません。この席でお願いします」




「かしこまりました。それではこちらにどうぞ」


先に千咲が席に案内される。がちがちに緊張しておりかなりぎこちない様子で着席する。




その後俺の席も椅子が引かれ


「あ、ありがとうございます」


椅子に座り一息つく。




すると横からウェイターさんが話しかけてくる


「食事の前になにかお飲み物はいかがですか?」




正直マナーなどほとんど知らずにここまで来てしまった俺は、まさか食事の前に飲み物をきかれるとは思ってもいなかったので


「え?飲み物ですか?」


と的外れな質問をしてしまう。




「はい。食前酒などはいかがでしょう?」


しかし、そんな質問をされても顔色一つ変えることなく応対してくれるウェイターさんにおもわず感心してしまう。




それで少し緊張がほぐれ


「なるほど、食前酒……それじゃあ、おすすめのものをお願いします。千咲も飲むか?」


少し飲んでみたい気持ちになり注文する。




緊張しているのか千咲は話しかけても首を縦に振り同意を表してくるだけである。




「じゃあ2つお願いします」




「かしこまりました。少々おまちください」


ペコリと丁寧にお辞儀し席から遠ざかっていくウェイターさん。




その後姿を眺めながら


「はぁー。緊張しました……」




「ああ。俺もだ……」


とそろってため息をつく。




「でも、こんなすごいお店に来れるなんて思ってもいませんでした。ありがとうございます先輩」




「ああ、喜んでもらえたようでよかった。知り合いに頼んだかいがあったよ」




「はい!私とっても嬉しいです!ありがとうございます!」


満面の笑みでそう言ってきた千咲だったが俺の言った”知り合い”の部分が気になるようでさらに言葉を続ける。


「そういえば聞きそびれましたけど、そのお知り合いって仕事関係の方ですか?」




なんでそんなことが気になるのかは謎だったが特に隠すことでもないので正直に答える。


「いや。学生時代からの知り合いだが」




「へー。先輩に西野さん以外にお知り合いがいたなんて知らなかったです」




「失礼だなお前……学生時代の知り合いの一人や二人いるだろ普通」




「先輩は普通じゃないので……(こんなに好き好きアピールしても気づいてくれないなんて普通じゃないですよ……)。ちなみに先輩に限ってあるわけないとは思いますけど、そのお知り合いって女性の方じゃないですよね?」




「ほんとに失礼だな……だが予想が外れて残念だったな、女性だぞ」




そう答えると知り合いが異性だったことが意外だったのか


「え?女性なんですか?ちょっとその話詳しく!」


と場違いの大声を出して席から立ち上がろうとしてきた。




その時ちょうどウェイターさんが席に近づいてきて


「お待たせいたしました。食前酒になります。それとお客様、申し訳ありませんがお話をなさる際はもう少し声のトーンを小さくしていただくようお願いいたします」


と優しくたしなめるように注意をされた。




「す、すみません。気を付けます」


それを聞き自分のとった行動に恥ずかしさを感じたのか、おずおずと千咲は席に座りなおす。






その後予約していたコース料理が次々と運ばれてきて、料理やお酒は普段食べているものからは想像できない味でとても美味だったが、それらを羞恥で赤く染まった顔で千咲が食べていたことは言うまでもない。

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