11月1週目 後編
だんだんと顔を近づけてくる千咲。
形の良い唇が近づいてきて、あと数センチで当たる……そう思ったとき
「おい!ふざけてこんなことするな!」
と自分でも驚くような大きな声がでていた。
その声にはっと我に返ったのか
「あああ、あたりまえじゃないですか!しませんよそんなこと!何勘違いしちゃってるんですか先輩!」
と顔を真っ赤にしながら反論してくる千咲。
「そんな顔で言われても説得力ないんだが……てか声もちょっと震えてるし……」
「う、うっさいですよ!ほら、さっさと取り分けてください!食べますよ!」
すると俺に反撃されたのが意外だったのか千咲は目を大きく見開きくと、少し投げやりな声を出しながら居間のテーブルを片付けに行くのだった。
しばらくするとガサガサした音が止み声を掛けられる。
「せんぱーい!準備できました。もう運んできてもらって大丈夫ですよ」
「おう。わかった」
その声に従って両手にカレーライスの皿を持ち机へと持っていき、家で他人と夕飯を食べる日がくるとは想定していなかったため、一人用の小さなテーブルに二つの皿を置き対面に座る。
「はい!それじゃあいただきましょう!」
元気よく手を合わせその言葉を合図に食べ始める。
「「いただきます(いただきます!)」」
スプーンで軽くすくって口に入れる。千咲の作ったカレーは「おいしい!おいしい!」と大げさに騒ぐほどのものではなかったが、疲れた体に染み渡る味がする。
「……ふぅ……」
しばらく味を堪能しているとそんな俺の行動に目を付けたのか、ニヤニヤしながらこちらを見る千咲と目が合う。
「んー?どうしました先輩?もしかして私の料理が美味しすぎて感動しちゃいました?感動しちゃったんですかー?」
その行動が少し癪に障ったので
「そんなわけあるか」
と少し冷たく言い放つ。
すると、なぜかものすごく落ち込んだ表情になり、小声でぼそぼそと話しだす。
「そ、そうですか……私なりに頑張ったんですけど……」
むしろ普段ならより怒ってくるはずの千咲の行動に戸惑ってしまった俺は
「い、いや。やっぱり。か、感動したかな……?」
と誰が聞いてもバレバレなフォローを入れてしまう。
しかし、そんな言葉でも千咲には効果てきめんだったようで
「っ!ほんとですか!?嬉しいです!」
先ほどしていた顔は嘘だったのかと思うほどの明るい表情を浮かべてこちらを見てくる。
(なんでこいつはそんなに落ち込んだんだ……?いつもの軽い冗談のつもりでいっただけなんだがな……)
俺にはあそこまで落ち込んだ理由が理解できなかったが、機嫌がなおったようで良かったと一安心した。
☆☆☆
二人で無言で食べ進めていると千咲がふと口を開く
「そうだ!ちょうどいいですしいくつか決めごとしておきませんか?」
いきなりで何に対して決めごとをするのかわからなかったので
「ん?なにのだ?」
と問いかける。
「やだなーわかってるくせにー。この関係についての決めごとですよ!」
「ああ、なるほど。それはわかったが、それは一旦置いておいてちょっと質問いいか?」
「はい。なんです?」
「本当に来週からも来るのか?」
「えっ?先週も言ったじゃないですか。また先輩に体調崩されると、仕事のしわ寄せが私たちにきて大変だったんです。なので、週末くらいは栄養のあるものを食べてもらおうかと思いまして」
「いや、そうじゃなくて。なにを思ってこんなことしてるのかと思って」
俺はうまい飯が食べられて助かっているが、自分の時間を使ってまでただの善意でこんなことをしているなんて普通は考えられない。本心をききたいと問いかけると
「そっ、そんなの私がしたいと思ったからしてるだけです!いえ、ホントの理由は他にもありますが……。それは時期がきたらお話しますので待っててください……それとも、私が来たらご迷惑ですか……?」
と上目づかいで瞳に涙をためながら言ってきた。
千咲の言った”ホントの理由”がなんなのか気になったがそんな表情をされては深く追求することはできない。
「いや、迷惑ってことはないが……。まあお前がそれでいいならいいよ。
面倒だって思ったらいつでもやめてくれていいからな」
「それならよかったです!はい!わかりました、面倒だと感じたらすぐやめます!(ま、私が先輩に愛想つかす日なんて来ないと思いますけどね!)」
「そうか。その言葉を聞いて安心したよ。負担だったら遠慮せずに言ってくれ」
「はい!じゃあお話をもどしていくつか決め事をしておきませんか?」
「いいが、決め事ってのは具体的になにか考えているのか?」
「はい。決め事というかお願いって感じなんですけど……」
そう言い鞄をごそごそとあさり始める千咲。
「あったあった」
そうして取り出したのはあの日俺の家から持ち去っていった合鍵。ご丁寧にハート型のキーホルダーがつけられていた。
「まず1つ目はこれです!勢いで持って行っちゃいましたけど、今日みたいに先輩のほうが遅い日ってあると思うんですよね。私が待って一緒に帰ってから用意するのもいいですけど、せっかく合鍵もあることですし先にお家にお邪魔させていただく許可をいただこうかと思いまして」
「鍵を返すって選択肢はないのか……」
俺のものなんだぞ……と暗に伝えるが千咲が引く様子はない。
「それはありません!これはもう私のものです」
むしろなぜか少し威張った様子で鍵を握りしめている。
「お前にやったつもりはないんだがな……はぁ、まあ幸いここにみられて困るものなんてないし、その件は許可するよ」
「ほんとですか!?ありがとうございます!
あ、あとちょっと言いづらいんですけど……」
途端に歯切れが悪くなる千咲
その行動で何を言いたいのか察した俺は
「食費のことか?食費くらいならつくってもらってるし払うぞ。
こんなことでしかお礼できなくて申し訳ないが」
「い、いえ!全部払っていただくのも気が引けると言いますか……」
「うーん……そうか……それじゃあ1カ月のうち3週は俺持ち。1週はそっちもちでどうだ?」
「それいいですね!賛成です!お金はそれでいきましょう!
それと最後に3つ目なんですけど、どうしても他の予定が入ってしまう週もあると思うんですよね。その場合どうするか決めておきたいんですけど、私的にはその日の材料の買い出しとかも考えて木曜日までにお教えいただきたいんですけどどうですか?」
「まあ俺は、週末に会社の飲み会以外で予定が入ることなんてほとんどないしそれでかまわないぞ」
「りょーかいです!じゃあそれで!これで一応私が確認したいことは終わりです。先輩からなにかありますか?」
「いや。俺もいまのところ聞いておきたいことは聞けたから特にないな」
「そうですか!では来週からそのようにお願いします!」
「了解だ。予定がわかったらすぐ連絡するようにする」
「分かりました!じゃあ私洗い物するのでお皿ください!」
そう言って立ち上がり、キッチンに向かおうとする。
料理を作ってもらって洗い物まで甘えるわけにはいかないと思った俺は千咲から皿を半ば強引な形で奪い取る。
「決まり事4つ目だ。洗い物は俺がする。そこまでしてもらうわけにはいかない」
「いえいえ!洗い物くらい全然負担じゃないですよ」
「俺の気分の問題なんだよ……さすがに申し訳ないからそれくらいはさせてくれ」
「……そうですか。わかりました。それじゃあよろしくお願いします」
カチャカチャカチャ……
洗い物をしながら考え込む。
本当に奇妙なことになったもんだ。ほんの数カ月前までは俺の家に人がいるなんて考えもしなかったな……
「へー!ほー!」
テレビを見ながら時々リアクションをとる千咲。
こんな当たり前のことでも家に人がいるという安心感を感じる。
まあ、毎日いられるのはうっとうしいが家に人がいるってのもいいのかもしれないな。
(……え?いま俺何を考えた?)
そんなことを考えた自分自身に戸惑いながら居間でくつろぐ千咲に
「おい。もう遅いからそろそろ帰れ」
と声をかけるのだった。
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