プロローグ9

「ごほっ!ごほっ!」




千咲に無理やり夕食に連れて行かされた翌日。俺は普段はない寒気を感じて起き上がる。




「あー……これは完全に風邪ひいたな……」




おそらく昨日の時点で悪寒を感じていたにも関わらず、いつも通りの生活をしてしまっていたからだろう。となると、あの悪寒は千咲からの連絡が来るから感じていたものではなかったということである。




「はぁ、仕方ない……とりあえず会社に連絡いれないとな」


枕元に置いてあったスマホを取り出し会社に電話をかける。




ちょうど直属の上司が出たので体調不良により休むことを伝えると


「なんだ高杉が休むなんて珍しいじゃないか。わかった。ちょうど今日は金曜日だしゆっくり休めよ」


そう快諾される。




その言葉に安心した俺はまた深い眠りにつくのだった。




☆☆☆


”ピンポーン!”


”ピンポンピンポンピンポーン!”




あれから何時間寝たのだろうか……


気が付くと外は太陽が傾きかけもう夜になろうとしていた。




そんな寝ぼけた俺をたたき起こすかのような怒涛のインターフォン連打。


そして枕元には、着信がなりやまないスマホ。




この騒音の人物はスマホを通知を見ればすぐにわかる。


……千咲である。




寝ぼけた頭にキンキンと響くインターフォンにさすがにイラついた俺はおもわず扉を開けてしまう。


「おい……さっきからうるさいぞ……」




すると、空いた扉の間に素早く足を入れ部屋の中に入ってこようとする千咲。




「お、おいお前。なんだ?なんか用か?」


そう言い無理やり扉を閉めようとするも




「なっ、なんで閉めようとするんですかー!?それに私のことは”千咲”って呼んでくださいって言いましたよね!」


と昨日感じた考えられないような力で扉をこじ開けようとしてくる。




このままにしておいては近所迷惑である。しかも、扉が”ギギギギ”と変な音を立て始める。


「わ、わかった。千咲。開ける開けるから……」


このままにしていてはまずいと考えた俺は扉に込めた力を抜く。




すると、扉が勢いよく開かれ


「分かればいいんですよ!分かれば!」


ずかずかと家の中に入ってくる。




そして、布団から抜け出してきただけの俺の格好を一瞥すると、その格好が気にいたなかったのか不機嫌そうな表情になる。


「もう!先輩。なんでそんな薄着してるんですか!病人なんだからもっと厚着するか布団に戻っててください」




下手に抵抗するのも面倒なので上に一枚はおり、ずっと疑問だったことを聞く


「……で、お前はなんで家に来たんだ……?」




「はぁぁ!?なんで知らないんですかー!何回も連絡したじゃないですか!」


そう言われふとスマホを見るとメッセージが大量に送られてきていたことに気が付く。




『おはようございます。先輩!今日も頑張りましょうね!』


から始まり


『お休みなんですね先輩…。今日もお昼ごはん一緒に食べられると思っていたのに残念です…』



『昨日私が連れ出してしまったから、体調崩しちゃったんですか…?


 よかったら看病しに先輩のお家行ってもいいですか?』




などと送られてきていたのだが……


俺からの返信がないことにしびれをきらしたのか


『先輩!!返事してください!今仕事終わったのでもうお家行きますからね!』


と最後に送られてきていた。




「あー……まあ、これは申し訳ない……」


と少し申し訳なし気持ちになったが


「いや。でもいきなり押しかけてこられるのはちょっと……」




「う、うるさいですよ!もう来ちゃったんだからしかたないじゃないですか……


 ていうか、先輩は病人なんですから大人しく寝といてください!」


とベッドまで連行される。


そしてわざわざ買い出しをしてきてくれたのか、枕元にスポーツドリンクとゼリーを置かれる。




「すまんな助かる……テーブルの上にある財布からお金は持って行ってくれ……」


「いえいえ!昨日夕食代払っていただいたのでこれくらい出させてください」


「いや、そういうわけにもいかんだろ……」


「じゃあ、分かりました!次なにか機会があったらその時におごってください!これでチャラにしましょう!」


「……そうか。じゃ、ありがたくいただくよ。」




そう伝えると嬉しそうな笑顔を浮かべて


「いえいえ!お役に立てたようで嬉しいです」


と言いつつ扉の方に歩いていく千咲。




(ああ……このまま帰るみたいだな……)


そう思い、もうひと眠りしようと寝転がる。


しかし俺の予想に反して、玄関の方からビニール袋をあさる音がし始める。


「ん?なにしてるんだ?」


「じゃ、ちょっとキッチンお借りするだけですから!なにか使えるものあるかなー?」


と冷蔵庫の中を物色し始める。




「え?もう帰るんじゃないのか……?」


そう問いかけると




「私もそのつもりでしたけど、ゴミ箱の中身を見て気が変わりました!


 先輩まともなもの食べてないですよね?」




その発言を聞きギクリとする。確かに普段はカップ麺やコンビニの弁当で済ましていることが多い。


が、そんなの男の一人暮らしだったら珍しいことでもないだろう……




そんな俺の表情で確信したのか


「そんなんだから体調崩すんですよ!今からおかゆ作りますからちょっとまっててください!」


そうビシッ指をさし料理を作り始めた。




しばらくするといい匂いが部屋中に漂い始める。




それにつられておなかがグーっと鳴る。


今日は寝ていたこともあり一食も食べていないこともあるが、自宅でほとんどまともな料理を食べた記憶のない俺にとってこの匂いはとても魅力的であった。




心地よい香りをかぎながら、ウトウトしているとおかゆができあがったのか千咲がベットのそばまで来て声をかけてくる。




「せんぱいっ!できましたよー」


「ああ、わざわざありがとうな……」


その言葉によって目が覚めた俺は上半身だけ起こして手を伸ばしおかゆの器を受け取ろうとする




すると千咲はその器をサッと引く。


「ダメですよー。今日は看病されてください!」


そう言うとおかゆを掬い”フーフー”と冷やしたかと思えば


「はい先輩!あーんです」


と俺の口元に蓮華を差し出してきた。




さすがの千咲もこの行動には照れ臭かったのか顔を赤くしながらおかゆを差し出してくる姿は、熱で火照った俺の頭にはとても魅力的に見えたが、ぶんぶんと首を振り煩悩を打ち消す。


「いや。自分で食べられるから……」




しかし千咲も簡単に引き下がるような人間ではない


「だ・め・で・す!何度も言いますが先輩は今病人なんです!手元が滑ってやけどしちゃうかもしれないんですよー。だからこのまま食べてください!はい、口開けて!」


と無理やり口に詰め込もうとしてくる。




このままでは本当に口にねじ込まれてやけどしかねないと感じた俺はあきらめて口を開く。


「わ、分かったよ……あ、あーん。こっこれでいいだろ……」




すると俺が折れたことがそんなに嬉しかったのか、


「やっと食べてくれる気になりましたか。はい!あーんです」


と少し頬を赤らめながら次々と口に運んでくる。




千咲の作ってくれたおかゆは卵とごはんだけのシンプルなものだったが、なんだか安心する優しい味だった。




☆☆☆




ピピピピ!ピピピピ!


体温計が鳴る。




しっかり寝てしっかり食べたおかげか熱を測ると平熱に戻っていた。




「おー!治ったみたいですね!よかったです」


安心した表情で体温計をのぞき込んでくる千咲。




「ああ。千咲のおかげだ。ありがとうな」


「いえいえ。大した事してませんから!」


と心から嬉しそうな表情を浮かべてから、すくっと立ち上がり玄関に向かって歩き出す。




「じゃ、そろそろ私帰りますね!」


「そうか、今日は本当に助かったよ。送っていくが必要か?」


「いえ大丈夫です!ていうか言ってませんでしたけど、私同じマンションに住んでるんですよー」


「はっ!?」


その発言をきいて軽く頭がフリーズした。こいつ今なんて言った?


「えっ?本当にか……?」


「はい!先輩のお部屋の2階下の609号室です!隣人としても改めてよろしくお願いしますね先輩!」


といたずらが成功した時のような顔になる。




「そ、そうか……よ、よろしく。そういうことなら送る必要もないな。じゃまた会社で」


やっと同じマンションという驚きから回復して送り出そうとした時、またもや千咲が驚くべき提案をしてくる。




「あ、そうだ!今日先輩の食生活をみて思ったんですど、あんな生活してたら体調崩しても仕方ないですよ!なのでこれからも週末になったら先輩のお家に夜ご飯作りに来ますね!」


そんなことの言いながらがら、千咲は近くに置いてあった合鍵に手を伸ばす。




「は!?」


その発言に気を取られていた俺は千咲の行動が完全にノーマークだった。




「先輩に拒否権はありませんから!じゃこの合鍵はもらっていきますねー」


と言い残すと合鍵をもって走り出す。




「なっ、なんなんだあいつ……何考えてんだ……」


病み上がりの体ではうまく走ることができず、あっけにととられた俺は千咲の走りさって行く後姿を眺めることしかできないでいたのだった。

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