プロローグ8

千咲との外出から数日経過した平日。俺はあることで頭を悩ませていた。


現在は昼の休憩時間。




「んん……とりあえず少し休むか……」


軽く伸びをして鞄から昼食を取り出す。




ゾワゾワゾワ……


すると突然悪寒が襲う。俺にはこの悪寒の原因に心当たりがある。




ブブブブ……ブブブ……


俺のことを見ているとしか思えないタイミングでメッセージが送られて来る。




『お昼休憩ですよ先輩!一緒に食べませか?ていうか今から先輩のところいくので待っててください!』


そう。あれからというものなぜか千咲から頻繁にメッセージが送られてくるのである。




それは昼休憩だけに留まらず、朝起きた時間や夜寝る時間など比較的返信しやすい時間を見計らって送られてくる。こういった気遣いをされては返さないわけにもいかないからなおたちが悪い。




あのデート限りでなにも起こらないだろう、と考えていた俺にとってこれは予想外のことで、どう対処すればいいのかと内心かなり困惑していた。




(まあ仕方がない、このままここにいても面倒ごとの巻き込まれてしまうことを火を見るよりも明らかだ……)


そう判断し、広げていた昼食をまとめて早々に席を立ち、逃げ出すように部屋から出る。




会社の中で俺みたいなさえない奴が千咲と話しているところを目撃されては、いらぬ誤解を招くだけでなく、さらなる面倒ごとを引き起こしてしまう。




「それだけは避けなければ……」


キョロキョロと人がいないところを探しまわっていると聞き覚えのある声が聞こえてくる。




どうやら同期の長谷部と千咲が話しているようだった。




「千咲ちゃん!今晩良かったらご飯行かない?」


軽い感じで長谷部が話しかける。




(やっぱりイケメンは誘い方もスマートなんだな……)




「お疲れ様です長谷部さん!えっと…すみません今晩はちょっと予定が……」


そう言い断ろうとする千咲になおも食い下がる長谷部




「前からご飯行こうってお願いしてたんだし今日は俺と行かない?


 ちなにみ今日は誰と行く予定なの?同期の子とかだったら俺もお邪魔させてもらえないかな?」




そう問い詰められるとさすがの千咲も答えに窮したのか、バレないようにそーっと二人の後ろを通ろうとした俺の腕に抱きつくと口を開く。




「すみません長谷部さん。今日は高杉先輩と行くお約束をしているので!」




いきなり腕をつかまれたかと思えば、した覚えもない約束を持ち出され混乱してしまう俺。


とっさに


「いや、そんな約束した覚えはな……いたっ!」


と潔白を主張しようとするも、横からあの細い腕からは想像できないような力で絡めとられ最後まで言い切ることができない。




「そうですよねっ!先輩!」


さらに笑顔で圧力をかけてくる始末である。




しかし、すごみすら感じさせるその笑顔に俺はあえなく屈してしまい


「あ、そ、そうだったな…」


してもいない約束を認めてしまったのだった。




しかし、そのやりとりが余計に気に入らなかったのか長谷部は、なおも食い下がってくる。


「千咲ちゃん!そんな奴よりも俺のほうが楽しませられるよ!」




それに便乗して俺も


「そうだそうだ。俺なんかと行くよりも長谷部と行ったほうがおいしいもの食わせてくれるぞー」


俺の平和な生活を返してくれ…と祈るような気持で言い




「そうだよ千咲ちゃん!高杉もこう言ってることだしさ…」


俺の援護もあって長谷部もさらに乗っかるが、




「ごめんなさい。長谷部さん。前々から今日は先輩とお約束しているので……


 また機会がありましたら誘ってください」


千咲は少しの隙も見せずきっぱりと断る。




すると長谷部もこれ以上粘って悪印象を与えるのもよくないと思ったのか


「そ、そっか!それじゃあ、またこんど誘うね!」


そう言い残し俺のことを睨みつけながら去ってくのだった。






しばらくして長谷部が見えなくなると


「いやー。ナイスタイミングです先輩!助かりましたよー」


と悪びれもない様子を見せる。




「おい……お前。どういうつもりだ……」


さすがに腹が立ったので怒りに任せてにらむも




「そんな怖い顔しないでくださいよー!それでどこ行きますか?私ここ気になってたんですよねー」


となにも動じていないような表情を浮かべて店のホームページを見せてきた。




その行動に違和感を感じた俺は千咲の質問を遮る。


「え?本気で行くつもりじゃないだろうな……?長谷部の誘い断るための口実でろう?」




「え?だって先輩行くって言いいましたよね!仕事終わったら連絡しますので絶対帰らないでくださいね!!」


そう満点の笑顔で言ってくる。




「はぁ……わかったよ……」


「ほんとですか!?やったー!ありがとうございます!」


「ああ、またあとで連絡してくれ……」


そう言って踵を返そうとすると、またしても腕をつかまれ


「先輩!どこに行こうとしてるんですか?お昼ごはん一緒に食べましょう!」


と言われ強く拒否することもできず、半ば強引に連行され、昼食だけでなく夕食にも付き合わされたのは言うまでもない……

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