第9話 反論と提案


 応接間に着くと、数名の妖精族が人間用の木の椅子を運んできてくれており、重厚な堅木で作られたテーブルの横に並べて置かれていた。

 テーブルの中央に置かれた花瓶には、白い、百合に似た花が数輪刺さっている。ほのかに甘い香りがルカの鼻をくすぐる。

 ポルカは羽根を羽ばたかせながら飛んでおり、用意された椅子には座らず、ルカとクラリスをテーブルの反対側から真剣なまなざしで見つめていた。


「それで、復讐の話でしたっけ?」

「はい、復讐の話です」


 クラリスの問いに、ポルカはすぐに答えた。

 決意はすでに固まっているとでもいうかのような、一点を見つめる目には、どこか気迫さえ感じられる。


 白い聖装を身にまとった妖精族が、おどおどとトレーに紅茶を乗せて持ってきた。

 たどたどしくテーブルにカップを置き、珍しそうにルカとクラリスを見る。


「復讐って、何をするつもりなの? そりゃあ、気持ちはわからなくもないけど」

 ルカは、置かれた紅茶を一口飲むと、持ってきてくれた妖精族に笑みを返してから、言った。


「私の妹は、殺されました」

 そう言って、ポルカは少し震えながら視線を下に落とそうとして、ぎゅっと拳を握りしめ、前を向き直る。

「その報いを、受けさせます」


 紅茶を持ってきた妖精族が、驚いたように目を見開くと、トレーを脇に抱え、逃げるようにして部屋を去っていく。


「それはつまり、仇討ちをするということですか?」

 クラリスは淡々と、ヒヤリと冷たさを感じさせる抑揚の少なさで、言葉を続ける

「私は、いい考えだとは思いませんが」


 クラリスの言葉を聞いて、ポルカは発光を強くし、「なぜです!?」と声を荒げた。

「今の私にできることは、それくらいしかありません!」


 妹は、焼け死んだのだ。苦しんで、きっとのたうち回って、死んだのだ。

 であれば、それと同等……いや、それ以上の苦しみを与えなければ、納得できようもない。

 焦燥と、悔しさがにじみ出る、叫びにも似たポルカの声が、応接間の空気を揺らし、響く。


「その気持ちは、わかります」

 それ以上の言葉を口にしようと吸い込んだ息を、ポルカは言葉にせずに吐き出し、クラリスの言葉の続きを待った。


「ですが、復讐は復讐を生みます。人間たちに妖精狩りをすることを正当化させてしまうかもしれません」

 一言一言をしっかりと発音して放たれたその言葉は、無機質なように感じられる。

 しかしながら、クラリスの両手は強く握りしめられていて、力強い視線がポルカに向けられていた。


「ピリカさんの死で、復讐心が宿っていることは理解しているつもりです。私だって、できる事ならやり返してやりたいですよ」

 救えるかもしれなかった命を、あと少しのところで救えなかったというもどかしさと、やるせなさがクラリスの中にはあった。

 あの時素直に森の中からの出口を模索していれば、もっと早くにピリカを見つけてやれていれば、彼女は死ぬまでは至っていなかっただろう。

 何もない宙に必死になって腕を伸ばし、何かをつかもうとしているような、そんな虚しさを感じていた。


「ねえ、わたしに一つ案があるんだけど」


 しばらく黙って聞いていたルカが、もらった紅茶を全部飲み干した後に「はーい」と手を挙げて、そう口を開いた。

 重苦しい空気を破るのに十分な、意図して明るくした声で、ルカは言葉を続ける。


 その言葉に、クラリスは小さくため息をつき、ポルカは目を見開いた。



「――女神さまにさ、ちょっと出てきてもらおうよ」


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