第8話 神殿と復讐

 

「まるで、星空が沈んでいるみたいですね」


 クラリスの声にハッと我に返ったルカが、興奮したようにポルカに声をかける。

「これが、ポルカさんたちの国なのっ?」


「はい、私たちの、かけがえのない国そのものです」

 彼はそう言って、両手を広げ宙を舞う。


 その景色は、森に空いた巨大な空洞の、その中に広がっていた。

 小さな光の欠片が、暗い穴の中にいくつも浮かんでいる。それが宙を飛ぶ妖精たちだと気づくのには、少しの時間が必要だった。

 光たちは近いものは大きく、遠いものは小さく光り輝き、その奥行きを明確に表している。奥の小さな光たちがいるところには、いくつかの木の根をくり抜いた建物があった。

 空洞の壁からは、太い木の根が無数にせり出していて、その根が鳥かごのようになっている場所には光たちが密集している。


 ひときわ目立つのは、空洞の中心から生える巨大な広葉樹だ。

 空洞の底からは、いくつか大きな木が生えている。

 しかしその巨大な広葉樹はそのどれよりも大きく、空洞の半分より上まで生えてきており、もっさりとたたえた葉の中に、ちらちらと光が漏れ出していた。


「あの、ひと際大きな木が、アリステラ様の神殿樹です」


 ポルカはそう言うと、「ついて来て下さい。飛び方は、お分かりですよね?」と問いかけた。

「もちろん!」

 ルカはそう興奮を隠さずに答え「クラリスは大丈夫?」とすぐにクラリスを見る。


「私も大丈夫です」

 ふらふらしながらも、クラリスはどうにか体を制御しているようだった。

 他の妖精族と同じように、ぼんやりと体を発光させた2人は、ポルカについて神殿樹の近くまで飛んでいく。

 

「ルカ様の力なしで空を飛ぶのはこれが初めてです。あの、光の粉はいったい……」

「さきほどもクラリス様がおっしゃっていた通り、魔素の粉ですよ。私たちが宙に浮くのに必要な、エネルギーになっているものです」

「そんなの、わたし達に使っちゃって大丈夫だったの?」

 ポルカは少し返答に間をあけて「8人で分けましたから、大したことはありませんよ」と返した。


 神殿樹は近づけば近づくほどに、その存在感を増していった。

 ごつごつとした濃い茶色の幹は、まっすぐと伸び、そこから無数の太い枝が放射状に延びている。

 そこから生える深緑の葉も、1枚1枚が妖精たちと同じくらいの大きさがあった。

 もっさりと生えた葉の下をくぐっていくと、樹の幹の中腹に加工された木の扉が構えられていた。

 幾何学的な文様が印されたその扉を、ポルカは外側に引き開けると「どうぞ、中に」と声をかける。

 

 妖精族の出入りを目的としているにしては、大きな扉だった。

 ルカの半分くらいの背丈しかない妖精族の、およそ6倍はあろうかという扉。クラリスも、難なく入ることができる。


 神殿樹の内装は、上品で美しい、芸術作品のような作りをしていた。

 木の温かみはそのまま、細かく装飾が刻まれた壁には、所々にアリステラの聖印が掘られている。

 床には深緑色のカーペットが敷かれていて、薄緑の刺繍で幾何学的なデザインが施されていた。

 室内を照らすのは、ぽわぽわとそこらを漂っている小さな球体上の何か……妖精族が飛んでいるのではなく、今ルカ達が身にまとっている魔素そのものが、空気中にいくつか浮かんでいて、それが明かりになっている。

 

「幻想的ですね」

 クラリスが、奥へと進むポルカについて行きながら、あたりを見回して一言そう言うと、ルカが首を縦にぶんぶん振りながら「きれい!すごい!」と、頭が悪そうに返す。

「ありがとうございます。アリステラ様は私たちの心の支えですから」

 ポルカは嬉しそうにそう返し「この先に応接間があります。そちらで少し、話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」と続けた。


「もちろん大丈夫だよ!でも、なんのお話?」

 ルカの言葉にポルカはゆっくりと立ち止まり、先ほどまでの嬉しそうな表情を曇らせながら、振り返る。

 一度口を開いてから、それを閉ざして少し考えて、おもむろに、ポルカはもう一度口を開いた。


「――妖精狩りへの、復讐の話です」

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