第6話 女神と国
雲に空いた穴がすこしづつ広がり、森に差し込む光が明るさを増していく。
森を覆わんとしていた炎はすでに鎮火していて、各所から白い煙が昇っているのが見えた。
ルカ達がいる一帯の外側はまだ雨が降っており、時期にその白い煙も目立たなくなっていくだろう。
「もし、ルカ様が雨を降らして下さらなかったら、本当に私たちの国は焼け失ってしまっていたでしょう。本当に、感謝してもしきれません」
ポルカは、もう一度深々とルカ達に頭を下げる。
ルカは、悩みぬいた末に出した結論が正しかったのだと理解して、ふふんと鼻を鳴らした。
「お二方を国に案内させていただきたいのですが、よろしければ、来ていただけませんでしょうか?」
「よいのですか?」
「もちろんございます。何かお礼をと思いまして」
「いくいくー!いいよね、クラリス!」
「はい、元々、国をめぐる旅ですからね。ええと、ポルカさん。眠らない国、と呼ばれる国で違いありませんか?」
クラリスがそう聞くと、ポルカは少しだけ顔を曇らせた。
そしてすぐに首を振り、その表情を緩ませて「いや、ええとですね」と言葉を詰まらせる。
「何か、失礼を?」
「実は、その呼び方は人間たちの中で呼ばれている名でして……」
少し言いづらそうにして、言葉をつづけた。
「本来、私たちの国には名前がないのです」
「それは、大変失礼をしました。旅の途中、行商から聞いた名前だったものですから」
クラリスはぺこりと頭を下げる。その横で、ルカは首をかしげて質問を投げかけた。
「でも、どうして名前がないの? 今まで行った国は、大体何かしらの名前があったのだけど」
「私たちは、元々“妖精族の国”に住んでいたのです。今の国よりもっと大きくて、妖精族のほかにもエルフ族や幻獣族なども暮らす豊かな場所でした」
ポルカは、懐かしい記憶を掘り返すように、少し森の奥の方に目をやりながら話を続ける。
「ですが、その国の中には、大きな二つの派閥があったのです。アリステラ様に関する信仰の違いでした」
「あー、そういう感じのやつね……」
ルカは、ポルカの話を聞きながら、バツの悪そうな顔をした。
頬を指でぽりぽりと掻きつつ、頷いている。
「私たちが信仰する女神様は“アリステラ”様ただ一人。しかしながら、妖精族の国に残った者たちが信託を得た女神様の名は“アリステリア”だと言い張るのです」
ポルカは少しばかり興奮気味に、まくしたてるように続ける。
「信託の内容も、信仰の解釈なども大きく違いがあるわけではありませんでした。しかしながら、名の違いというのは様々な問題を孕みます。どちらかがどちらかに合わせるということも、とても難しい問題でした」
少しばかり間をおいて「だからこそ、私たちは妖精族の国をでて、自分たちだけの国を作ることにしたのです。そうして訪れたのがこの森でした」
「そうだったのですね。そこで新しい国にも“妖精族の国”と名付けられず、まだ名前がないまま、と」
クラリスが納得したように言葉を返すと、ポルカは深くうなずいた。
「どうして?同じ名前にしたらよかったじゃない」
「ルカ様。もしそうしてしまえば、本来の“妖精族の国”の方々から、敵意を向けられてしまうかもしれませんよ?まるで自分たちが本当の妖精族の国だと主張しているみたいになってしまうではありませんか」
「あ、そっか。なるほど……、むずかしいね」
ルカは納得して、黙りこくる。
自分なりに何かいい案がないか探しているようだったが、いい答えが見つからないのか、考えるのをやめ「でも、国の名前がないのは不便じゃない?」とポルカに聞いた。
「そうですね。しかし、私たちは国の外にはめったに出ないので、自分たちの国の名を話す機会は特にはありませんから……問題なかったのですけれど」
ポルカはそれからの言葉を少し言いにくそうにして「どうにも人間たちの都合で“眠らない国”と呼ばれるのはあまりいい気分ではありません」と続けた。
“眠らない国”と言う名は、『あの国に行って妖精を1匹でも捕まえることができれば、夜も寝ずに遊ぶことができる』と言う意味が隠れているのだと、ポルカは語る。
「ううん、それはひどい。本当に人間が都合よくつけた名前だね。そもそも、その意味なら、眠らない国じゃなくて“眠れなくなる国”じゃん」
ルカは不満そうに言葉を返す。
そして続けて「私が最初に言ってた通りだね」とクラリスの方を見た。
「ルカ様、今はそんなドヤ顔をする場面ではありませんよ。それにルカ様が言ってたのは“眠れない国”ですのでちょっと違いますし」
「そ、そうだったね、ごめんなさい」
ルカはしゅんとして、ポルカの方を見やった。
ポルカは「別に大丈夫ですのに」と一つ言葉をおいて「ですから、眠らない国と言う名は忘れていただけると助かります」と続けた。
2人はその言葉にうなずくと、ポルカと他7人の妖精族とともに、国のある方へと歩みを進め始める。
「そういえば、妖精神の名前の事なんだけど……」
ルカは少し考えてから、そう言いかけた。
「ルカ様、女神様関連の話はとても繊細だと思いますので、知っていることだったとしてもあまり軽々しく言わないほうが良いかもしれませんよ」
ポルカが「ええと、何か?」と振り返るやいなや、クラリスがそう耳打ちする。
「あ、えっと、何でもない! どんな場所なんだろうなー!って思って」
両の手を前に出して否定するように振ると、取り繕ったような笑顔でルカはそう言った。
「それはそれは、とても美しい場所ですよ。楽しみにして下さい……!」
ポルカは何も不思議がる様子もなく「この先です」と言って、わずかに身体の発光を強めながら案内を続けたのだった。
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