第4話 ポルカとピリカ


 それから少しして、森の奥に漂っていた光の玉が、その姿を現した。

 8人ほどの、妖精族の集団だ。死んでしまった少女と同じように、睡蓮の花びらのような羽根が背中から生えていて、それを規則正しく羽ばたかせて宙に浮いている。

 それぞれ髪の色は様々で、皆そろって肌を淡く発光させ、手には剣や弓を持っていた。

 彼らは最初、ルカとクラリスの姿を見つけると警戒し、周囲に散らばって2人を囲むようにしていたのだが、ルカが魔女のいで立ちをしているのを見ると途端に警戒を解き、近づいてきた。


「この雨は、魔女様が?」

 澄んだ、鈴の音のような声だ。

 8人の中の先頭にいた妖精族の男が、1つ前に出てきて聞いてくる。

 白い、神官服のような衣で身を包んだ、誠実そうな青年だ。

「うん、そうだよ」

 ルカは悩みの1つも見せることなく、そう言った。

 

「感謝します」

 青年は、両手を胸の前で組み、頭を下げる。

 それに倣うようにして、背後にいる7人の妖精族も、頭を下げた。

 

 彼は、静かにクラリスの方を見る。そして彼女が抱く少女を見て「あぁ」と声を漏らした。

 クラリスは何も言うことなく、青年にゆっくりと近づく。そうして、彼に彼女を預けた。

「ピリカ……くそ、間に合わなかったのか」

 と、悔しそうに唇をかみしめて言う。小さく震えているのが見て取れた。


 淡く光る彼らの周りだけ、雨粒がゆっくりと落ちていくような、そんな時間の流れの中。

 クラリスは、彼らに事のいきさつを伝えた。

 森の上を飛んでいたら、彼女が森から逃げてきたこと。

 その時、すでに手遅れであったこと。

 せめてもと、傷をいやしたこと。

 雨を降らせたこと。

 誤解のないように、自分たちが知る範囲のすべてのことを、クラリスが丁寧に伝える。


「そうでしたか、妹は、あなたの腕の中で死んだのですね」

 青年は、こらえきれずに涙を流しながら「1人で、誰にも知られずに死んだのではないのなら、少しは、救われました」と、震える声でそう言った。

 周りにいた妖精族たちも、ゆっくりと近づいてきて、眠ったように死んでいる彼女を見ると、今一度両手を組んで目をつむった。


「彼女に、妖精神の加護があらんことを」

 青年がそういうと、彼女の体がぼんやりと輝く。その輝きは徐々に光を増していき、そして溶けるように少女の形を崩した。

 細かな光の粉のようになった彼女は、煙が空に昇るように、きらきらと煌めきながら、曇天に登っていく。


 そして、光が差した。

 彼女が登って行ったところから、雲が避け、日の光が差し込んだのだ。


「申し遅れました。私は妖精神アリステラの司祭、ポルカといいます」

 差し込む光に照らされながら、彼は深々とまた礼をして、言葉をつづけた。

「あなた方がピリカを、私の妹を見つけていただかなければ、私は、彼女を妖精神の元へすら、送ってあげることができませんでした」

 彼は言葉をかみしめるように、ゆっくりと、しかしはっきりとした口調で、言う。

「それに、あの憎き“妖精狩り”共が放った炎をも消してくださり、感謝の念しかございません。本当に、ありがとうございました」


「助けてあげられなくて、ごめんね」

 ルカがそういうと、ポルカはすぐさま首を振り「魔女様が謝ることは何もありません。全て、やつらが悪いのです」と、憎々しげに言葉を紡ぐ。

「妖精狩り、でしたか。その方々はいったい……っと、申し訳ございません」

 クラリスが言いかけて言葉を止めると、彼女は一歩後ろに下がって体についた水滴を払い、姿勢を正して言葉をつづけた。


「彼女は旅魔女のルカ。私はお供をしております、魔導機械のクラリスと申します」

「よろしくねー」

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