第3話 魔法と後悔


 2人は魔法の傘で雨粒をはじきながら、雨に潤んだ森の中を歩いている。


「大きな魔法は、別の作用も引き起こす。何かを救うと、別の何かを危険にさらす」

 ルカは、何かを思い返すように雨雲を眺め、小さくつぶやいた。


「炎、だいぶ収まってきたみたいですよ」

 よかったじゃないですか、と続け、クラリスはルカの隣を歩いた。

「でも、だれもわたしにあの炎を消してと頼んだわけじゃないわ。わたしは勝手にその方がいいだろうと思ってやったけど、あの炎は実はとても大切なものでした。みたいなことにはならないか不安で」

「あの炎のせいで少女が一人命を落としてるんです。間違った選択をしたとは私は思いませんよ?」

 クラリスは、いまだに悩んでいるルカに微笑みながら言う。

「それは、クラリスがわたしのパートナーだから、味方してくれてるだけでしょ」

「やっと私の事を“わたしのメイド”と言わなくなりましたね、よい成長です」

「偉そうね、クラリス」

「おっと、失礼しました」

 ルカは、思い悩むのをやめた。

 自分が決断した事なのだから、もしそれで悪い方向に進んでしまったとしても、それはその時、また自分が解決する。

 クラリスというパートナーがいる事で、ルカは自分の考えをまとめることができた。


 雨音と、足音。

 一層緑の濃くなった森の中、少しばかりの沈黙が2人を包む。


「ありがとね、さっきも、今も」

 クラリスの顔を見上げ、上目遣いで、少し照れ臭そうに頬を掻きながら。

 ルカは、素直に自分の気持ちを口にした。


「なんですか、いきなり。めずらしくかわいいじゃないですか」

「めずらしいってなに!?」

 ルカは反射的に大きい声を出す。

「ルカ様は、昔はもっとツンケンしておられましたから」

「なによ、もう」

 プイっと顔をそむけるルカに、クラリスは「失礼を」と小さくそういうと

「私だって、いつもルカ様に救われているのですから、お互い様ですよ」と、そういった。


 しばらく歩くと、クラリスがルカに静止を呼びかける。

「ルカ様、あちらを」

 クラリスが指し示す方向には、ぼんやりとしたいくつかの光が、数個ふよふよと飛んでいた。

 あたりを警戒しているように、隊列を組みながら、ゆっくりと森を探索している。まだ、こちらには気が付いていないようだ。

「この子の、知り合いだといいんですが」

 クラリスは、自分が抱える妖精族の少女を悲しげに見下ろす。


「もしかしてクラリス、自分がもっと早く彼女を見つけていれば、なんて考えてる?」

 ルカはそんなクラリスの顔を、横目でちらりと見ると、正面を向き直って言葉をかけた。

「森の上を飛んでいたとき、なんどかスキャンを試みました。その時は、人影も、なにもなかったのです」

「幻術、かもしれないわね。何かを守っているのか……上空からだと、森を抜けられなかったし」

「もっと早く、森の中を探索していれば、という後悔はあります。私なら、きっと彼女を見つけることができた」

 クラリスはそう言うと、ゆっくりと歩きだす。

「でも、今それを後悔しても仕方ないこともわかっています」

 ルカは、そんな彼女の言葉に「そう」と小さくそう言って。

「クラリスはそんなに心が強い子だったかしら」と続ける。


「私なりの、ただの強がりですよ」

 

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