第2話 炎と森

 

 ホウキの柄がほぼ垂直に、木々の合間を抜けて、森の中へと勢いよく分け入っていく。

 ルカは帽子を左手で抑え、クラリスはホウキが地面にたどり着く前に、妖精族の少女を片腕で抱えたまま、近くの木の枝に飛び移った。


 ホウキが一瞬ふわっと浮き上がるように静止して、ルカは警戒しながら地面に降りる。

 そしてすぐさま、ホウキを空中で手放すと、それはパッとその場で姿を消した。


 その場所は、もうすぐそばまで炎が迫っていた。

 ゴウゴウと、炎が木々を食らいつくす轟音が、ルカのすぐ目の前から響いてくる。

 あの少女の様子を見るに、炎にまかれ、かろうじて抜け出してきた直後だったというところか。


「おーい、誰かいるー? 助けにきたよー!」


「ルカ様、炎の方にはもうだれもいないみたいです。木の上からスキャンしましたが、死体もありませんでした」

 焼ける森に向かって大声を上げるルカの後ろに、クラリスはスタっと飛び降りて、片手でスカートについたススを払う。

「それじゃあ、この子だけが炎の中に取り残されていたってこと?」

「そうなりますね、かわいそうに」


 クラリスの腕の中の少女は、妖精族特有の睡蓮の花びらのような羽根が数枚焼け落ちていて、もとはきれいな色であったであろう黄色い髪も、焼けたのか、黒く変色していた。

 暗くなると淡く光るとされている肌も、今はもう見る影もない。

 ルカは、少女に両の手のひらを掲げると、せめてもと、回復魔法をかける事にした。

 黄緑色の魔法陣が少女の前に映し出され、一瞬で細かい光の粒子になり、少女にやさしく降りかかる。

 みるみるうちに傷が癒されていき……少しもすれば、彼女の焼けた肌、羽根、そして髪は生きていたころのように復元された。

 それでも、彼女の命は戻らない。


「ごめんね。わたしには、こんな事しかできないから」

 お母さまなら、とルカは言いかけて、頭を振ってそれを口にするのはやめることにした。

 クラリスはその言葉には何も言わず、ただ眠っているだけのようになった少女の死体をぎゅっと抱きしめた。

「きっと、この子を探している人がいるでしょう。先ほどのスキャンで、炎とは反対側に何人か妖精族の影が見えました」


 ルカはクラリスの言葉を聞きながら、炎の方をじっと見つめる。

「わたしがこの森の炎をすべて魔法で消してしまったとして、それはお母さまとの約束を破ったことになるのかな」

「私にはわかりかねます。それは、ルカ様が判断してください」

「そうよね、じゃないと修行の旅の意味がないもの」


 クラリスは、すでに炎には背を向けていて、妖精族の影が見えた方へと歩きだしていた。


 少し進んで、彼女は立ち止まって振り返り、いまだに炎を眺め悩んでいるルカの後ろ姿に小さく微笑んで

「一つ言えることがあるとすれば――私は、ルカ様がどんな選択をしたとしても、必ずあなたのそばにいますよ」


「――ありがと、クラリス」

 ルカはそう言うと、ゴウゴウと燃え盛る炎の森のすぐ前で、両手を空に掲げた。

 その途端、はるか上空に、森を覆うほどの巨大な水色の魔法陣が描かれ、それが一瞬にして光の粒子となって空に昇っていく。



 森の空に、雨雲が立ち込めた。

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